第52曲 胡蝶蓮
「森がひらいただよ」
うなちゃんが厳かに告げた。
「行ってみよう」
ラハーレの声かけに応じて、皆が光る道へと足を踏み出す。
そして全員が光の上を歩き始めた途端、道そのものが動く歩道となって流れ出した。
驚いて立ち止まった一行が、立ち止まった格好のまま木々の間を荷物のように運ばれてゆく。
ジンシャーが慌ててエセンの足をよじ登ってきたので、エセンは彼女を抱き上げてやった。
「マリンシュカ姉さん!姉さんの時もこんなだったの?」
「まさか!光はただ道を指し示すだけで…。こんなふうになるだなんて、誰にも聞いたことがないわ」
先ほどまで余裕ぶっていたマリンシュカも、いまは顔を強張らせている。
ロメアラは若干の恐慌状態に陥りつつあり、そのためか道の光が弱まり始めた。
これはいけないと、そばにいたエセンが彼女の腕を掴む。
「ロメアラ、思い出して!さっきのおじさん鳥も骸骨も、あなたが怖がらなくなったら何もできなくなったでしょ?」
ロメアラが、はっとする。
拳を握り、気合を入れ直すようにふんっと鼻息を吐いた。
道がまたまばゆく光り出す。
「へぇ、こりゃ便利なもんだね。研究所の中にも似たようなのを作ってもらおうか」
「歩かなくなって太る未来しか見えないわよ?」
「うーん、それもそうか、」
さすがレゼーラとシャンスは、かけらも動じていないようだ。
ほどなく行く手に泉らしきものが見えてくると、道は緩やかに速度を落として、やがて止まった。
薄紫の闇のなかで、光の道が川となってそのまま泉へ流れ込むように繋がり、泉の中央には大きな蓮の葉が一枚と薄紫の花が一輪、静謐なる佇まいを見せている。
エセンの肩で大人しくしていた瑞蝶フェルトワが、音もなく飛び立った。
蓮の花向かって一直線に飛んで行く。
花の上で何かの文字を描くように、複雑な動きを見せてフェルトワが飛ぶと、呼応するように花の内側から乳白色の光が溢れ出した。
光は収縮するように濃度を増すと、一頭の蝶をかたちづくった。
呼ばれたかのようにロメアラが泉の中へ歩み入り、蓮へと近づいて行く。
光の蝶はロメアラの頭上までやって来ると、そこで形を崩して光の帯となる。
螺旋を描いて彼女の躰を包み込んでから、するりと離れ、また蓮の花へと吸い込まれていった。
フェルトワがエセンのもとへ戻ってくる。
ロメアラもまた、光の水によって押し流されるように、皆の所へ帰ってきた。
「終わったのね」
「ええ、そうみたい。エセンありがとう、あなたのおかげだわ!」
ロメアラがエセンのほそい両手を包み込んで、握りしめた。
エセンも握り返す。
「ロメアラ、おめでとう!」
にっこり笑ったロメアラは、頭上を振り仰いだ。
泉を囲む木々の伽藍は、天井部を星のまたたく夜空に覆われ、そこに青みを帯びたまるい月が昇ってきていた。
「ここから直接飛ぶわ」
このまま最後の試練に向かうと告げるロメアラの横顔に、もう迷いも恐れもなかった。
翅を出すと言うので、皆が目を閉じる。
同性ならば見てもかまわないようだが、エセンも念のため目をつむった。
しばらくして、
「フェルどんが、もう目ぇ開けてもええじゃろと言うとるべ」
うなちゃんが教えてくれて、目を開けるとそこにはもう泉も光の道もなく、ただ薄紫の闇の森が広がっていた。
ロメアラ以外の全員が揃っていることを確認し、エセンは頷いた。
「ロメアラは、ひとりで戻って来られるのよね?」
「んだ、月までの飛行に試練はあるけんども、いまのロメどんなら心配はいらねんだと」
フェルトワが、空中でぴょんぴょんと器用にとびはねている。
「じゃあ、私たちはそろそろ帰りましょ」
「んだなぁ。フェルどん、お願いできるだか?」
フェルトワが頷く動きをすると、目の前で青い光が渦を巻き始め、それが見る見る間に人の背丈ほどに達した。
「この渦を通ればいいの?」
「んだ。行きはロメどんの翅に手伝ってもろうて一気に全員運べたんじゃが、帰りはひとりずつになるんじゃと」
「なぁに?こっちのマリンシュカとやらは、役に立たないわけ?」
「なんだ、口ばっかりの女だね」
「あんたたちだって、何もしてないじゃないの!」
口さがないレゼーラ、シャンスと、マリンシュカがしょうもない小競り合いを始めたので、ジンシャーとうなちゃんは、やれやれと言いたげに肩をすくめてさっさと渦の中へ飛び込んで行った。
エセンも後を追って、渦を飛び越えるように片脚を出して跳躍すると、着地した時にはすでに視界は通常の森らしい小暗さに戻っていた。
振り向けば、少しして青い渦からシャンス、レゼーラの順に出てきて、そのあとフェルトワが舞い出てくると同時に、渦は中心部へ巻き取られるように消滅した。
「、えっ」
出てくるはずの人が出てこない。
ジンシャーが、しゃーっと牙を剥いた。
「ラハーレ。ラハーレ、は?」
「ん?あれ?いない。あ、あいつ!マリンシュカもいないじゃん!」
「たしか、エセンのすぐあとラハーレが渦に入ったのよ」
フェルトワが狂ったように乱れ飛んでいる。
うなちゃんが通訳してくれた。
「マリどんは、ロメどんの帰りを待つと言うて、残ったそうじゃて。そんで、フェルどんはマリどんを置いて出てきたそうじゃ」




