第51曲 紫烏の森
「ちょっとぉぉぉ!!あんたたち、遠足かなんかと勘違いしてるんじゃないでしょうねぇぇぇぇぇぇ!!!」
ロメアラが力いっぱい叫んだ。
それもそのはず、一行はそこそこの大所帯になっていた。
フェルトワが人数が増えても負担はないと言うので、オードが自分も行ってみたいと言い出し、それを聞きつけたシャンスとレゼーラまで同行することになった。
その後、マリンシュカがロメアラの保護者が必要だと主張して加わった。
保護者がいては成人の儀としての修行にならない気もするが、半妖精族の掟がそれをよしとするなら良いのだろう。
森を歩くため、女性陣もそれぞれ動きやすい服装である。
今日のエセンは、白い襯衣に迷彩柄の膝丈褲を履き、首には例の泥棒柄を巻いてご機嫌だ。
ラハーレも今回は胸の隠しではなく、首に同じ泥棒柄の大判手巾を巻いている。
エセンの足元にいるジンシャーとうなちゃんも、追加購入した泥棒柄手巾を巻いてもらって満足そうである。
出がけにヨンカが人数分の弁当を持たせてくれたので、ますます遠足感が強い。
弁当は、エセンが全員分を用意した泥棒柄の背負い袋にそれぞれ入れている。
ロメアラとマリンシュカも、文句を言いながらも弁当と背負い袋はちゃんと受け取っていた。
余談だが、エセンがあまりにも泥棒柄を推すので、グレカディオが半信半疑ながら環星辰商会の店舗に置いてみたところ、首都クープの若いご婦人方の間でいま大流行しているんだそうである。
紫烏の森は、ニニテの森の裏次元にあるとのことで、一行はいったん空路でニニテへ向かうことになった。
「それで、ニニテの森にいたってわけね?で、グレカディオに翅を見られたと」
シャンスの問いかけに、ロメアラはこっくりと頷いた。
「泉で禊をして心身を清めると、そのうち瑞蝶が現れるっていう言い伝えがあってね。あの男に見られたのは想定外だったけど、でもそれでエセンの瑞蝶に行き着いたんだから、言い伝えはたしかだったんだわ!」
ロメアラは明るい笑顔をエセンに向けた。
グレカディオにはまだ怒っているようだが、エセンたち他の面子に対しては特に含むところはないようである。
「ロメアラはグレカディオのことが好き?それとも嫌い?翅を見られてなかったとしたら、伴侶に選んでた?」
「とんでもないわ、あんな遊び人ぽい軽い男!好きじゃないし、間違っても自分から伴侶に択ぶことなんかあるはずないわ」
ずいぶんな言われようだ。
あれでグレカディオも、さすが大商会を経営するだけあって中身は堅実なのだが、ぱっと見の印象から尻軽男と思われがちなのは確かである。
「で?あんたの時は、どうやってその森まで行ったんだい?」
レゼーラがマリンシュカに尋ねる。
隙あらば標的ににじり寄ろうとするマリンシュカとラハーレの間に形の良い尻をねじ込んで、彼の左隣に席を確保したレゼーラである。
お色気系美女がふたり並ぶと目の保養になるなぁ、などとラハーレの反対隣に座らされたエセンは呑気にも思っていた。
「一族の男で、修行を終えたあとも外の世界で暮らしてる奴を知ってたから、そいつに連絡とって協力してもらったのよ」
うんざりした風に長い髪をかき上げつつ、マリンシュカは答えた。
「その男は、対になる瑞蝶がいたわけか」
「そうね。冴えない男なんだけど、なんでか動物には好かれるみたいでね」
「今回もそいつに協力してもらえば良かったんじゃないかい?」
「いろいろあって、今は私からは連絡とれないのよ。それに今頃はどこか違う大陸にいるんじゃないかしら。飛んでいったきり戻ってこないような、そういう男なのよ、あいつは」
吐き捨てるような話しぶりに、おや、と何か引っかかるものを感じたエセンだったが、それを言語化する前に、環星辰商会の中型機が高度を下げ始めた。
機長はもちろん、安全運転の騎士シャルリアンテで、空想科学映画『双子星への着陸』の感動的な着陸場面に使われた曲を流すという、小粋な演出つきである。
とある未発見の星に着陸したのち消息を絶った兄を追って、弟が捜索に向かうも兄は見つからない。
そこから恋あり涙ありな大冒険の末、ようやく巧妙に入れ替わる双子星の存在に気づき、兄がいる方の星へ着陸する場面は、さぼくんとさぼこちゃんのお気に入りで、そこばかり何度も繰り返し再生していた。
機体が森のはずれに設けられた小さな離着陸場へ降りると、そこからは徒歩で向かう。
ニニテの森の辺縁は人の手が入っているため、遊歩道などもあってまだ歩きやすいが、奥へ向かうにつれて原始の森らしい小暗さが増してくる。
フェルトワは、モナが療養していた館のある南西部ではなく、北東を目指して飛んでいるようだ。
「そろそろだっちゅうとるべ」
いよいよ遊歩道を逸れて獣道へ分け入ったあたりでフェルトワは空中停止すると、おもむろに青い光で皆を包み込み、瞬きひとつでもう、視界は紫がかった薄闇に切り替わっていた。
植生などニニテの森とよく似ていながらも、この世ならぬ場所ということを肌で感じさせる何かがある。
ラハーレが警戒するようにエセンを抱き寄せ、他の皆も距離を縮めるように寄り集まった。
「あはははははは!嘘でしょ、何これ!!」
「おもしろすぎる、やばいわこれ」
「笑いが止まらん!」
エセンにシャンス、レゼーラの三人は、体を折り曲げて笑い転げていた。
おそらく、脅かすつもりだったのだろう、猛禽類の躰に中年おやじの頭が載った生きものの集団が、出鼻をくじかれて戸惑っている。
「ぜ、全部、同じおじさんの顔なの、うける、」
「しかも!ちゃんと鷲っぽい嘴がついてるじゃん!!」
「え、あれで人語を喋るのかな」
「いや、嘴じゃあ無理でしょ?」
事前にフェルトワから、紫烏の森で何があろうとも闇に囚われない限りは、生身の躰に傷がついたり命が脅かされたりはしない、と聞いていたこともあって、彼女たちに危機感はあまりない。
ラハーレはちょっと複雑そうな表情はしつつも、エセンのそばで一応は警戒を怠らない構えだ。
ロメアラは、わなわなと唇を震わせた。
「あんたたちは知らないでしょうけど、名前聞いただけで悪党が逃げ出すくらい、怖い伯父さんなのよ!そうでしょ、マリンシュカ!」
「ええ、まぁそうね…」
同意を求められたマリンシュカもだいぶ苦い表情をしているので、実際非常に怖い人なのだろうけれど、現状の絵面はむしろ面白みの方が強い。
そこへ、森のさらに奥から白いものがふわりふわりと漂うようにやってくる。
「ぎゃーーー!!お化けーーー!!!」
骸骨が白い布を頭からまとって、次から次へと湧き出すように現れ近づいてくる。
なるほど、ここはロメアラの修行に特化した空間であるため、彼女が怖いと感じるものが出てくる仕様になっているようだ。
小生意気な少女ではあるが、おそらくエセンよりもいくつか年少だろう。
まだまだ、親戚のおじさんやお化けが怖い年頃なのだ。
エセンは背負い袋の中から噴霧缶を取り出すと、近づいてきた骸骨の顔へ赤い霧をしゅっと吹きかけてやった。
塗料の女神レゼーラ作の新製品である。
こんなこともあろうかと、は思っていなかったが、もしかしたら使いどころがあるかもしれないと、全三十色のうち赤青黄の三色を持ち歩いていたのである。
「えっ、」
恐怖に顔を引きつらせていたロメアラが、唖然とした様子で口を開けた。
骸骨の群れも驚いたように静止する。
どうやらロメアラにとって恐怖の対象として出てくる存在は、彼女の感情に行動を左右されるようだ。
ならばと、エセンは骸骨のかぶっていた白い布に青い噴霧缶で、『がいこつもめん参上♡』と書き殴った。
かの義賊『空色木綿』は、悪徳役人や商人の館に忍び行って、金目のものを盗み出したあと、現場に署名を残したと言われている。
これもまた、研究所の副所長ポヴランが知ったら、古傷を抉られる案件だろう。
シャンスとレゼーラまでもが面白がって落書きを始め、骸骨たちはなすすべもなく蹂躙されていく。
おじさんづらの鳥たちも、巻き込まれたくないのか遠巻きに見守るのみである。
「なんか、あほらしすぎて、あんまり怖くなくなってきたかも、」
魂を抜かれたような脱力感をにじませながら、ロメアラが呟くと同時。
一条の眩しい光が地表を走り、森の奥を指し示した。




