第49曲 ふたりめの半妖精族
「今度はグレカディオ、お前かよ」
オードのため息が深い。
こうも立て続けに重要案件が舞い込めば、うんざりする気持ちはわからないでもないが、エセンにしてもグレカディオにしても、望んで面倒事を持ち込んでいるわけではないのである。
「オードは半妖精族のこと、知ってたの?」
「いや、存在自体は知ってたが、とっくに途絶えたものと思ってた。その村自体がよほど巧妙に隠されてるんだろうよ」
ロメアラによれば、惑わせの谷と地元の人が呼ぶ山深い奥地の谷合に、半妖精族の里はあるという。
「それだけ用心しているにもかかわらず、あっさり翅を見られたということは、この小娘がよほど考えなしのぽんこつなんだろうさ」
「ちょっと!喧嘩売ってるわけ?このくそじじい!!」
歯に衣着せぬオードのもの言いに、瞬間着火娘が飛びつく勢いで食ってかかる。
そうとわかっていて煽るのだから、オードもなかなかいい性格をしている。
「ロメどん、青い月桂樹と胡蝶蓮は手に入ったんだべか?」
「っ、まだよっ!」
「んだら、まぁだ翅は二枚だべなぁ」
ロメアラは悔しそうに唇を噛みしめた。
成人の儀の課題にかかわることなのだろう。
「ねえ、ロメアラ。翅を見られた人と結婚することになったら、その人はあなたの里で暮らすことになるの?」
「そりゃあ、中には外の世界で暮らす人もいるけど、あたしは帰るわ。だって跡継ぎだもの」
あぁ〜、とロメアラ以外の全員が声なき声をもらした。
グレカディオは軽快な物腰からかるく見られがちだが、これでも評議会の第四席である。
人里離れた山奥へ婿に入るというのは、現実的とは言いがたい。
「ロメどん、翅が多くなるほど、寿命が延びるんじゃあなかったべか?」
「もちろんそうよ。翅が六枚になったら、ざっと三百年は生きるわね。でも外から伴侶を連れて来た人はだいたいみんな、伴侶に翅を分けてしまうのよ」
「寿命を分けるんだべか?」
「そうよ、だって伴侶はさっさと老いていって、自分だけ長生きしたってつまんないじゃない」
妖精の翅を背中に生やしたグレカディオを、おそらく皆、想像したのだろう。
「ぶっ、」
「くっ…」
ラハーレや青錆色の髪のベケルは何とか堪えているようだが、オードやシャンスなどは遠慮なく大笑いし始めた。
「は、翅のついたグレカディオとか、」
「似合わなすぎる…!」
「みんな、ひどい!!」
グレカディオは抗議しているが、この面子に笑うなと言ったところで無駄である。
ひとまずグレカディオが、乙女の素肌を見てしまったお詫びとして、環星辰商会で運営する安全な宿を無償で提供することになったのだが。
その後、事態は彼らが予想もしなかった方向へ転がることになる。
五日後、ラハーレ邸は混乱の極みにあった。
雛を守る親鳥さながら、ラハーレがエセンを抱え込み、そのラハーレにしなだれかかる露出度の高い美女がひとり。
長くうねる白金の髪に薄浅葱の瞳で、色合いはロメアラとよく似ている。
踊り子のように引き締まった肢体は凹凸がはっきりしていて、大人の女の色気に溢れている。
胸元も脇腹も太ももも、とにかく見せられるところはすべて限界まで見せてます、といった装いの美女はロメアラの従姉にあたるそうで、名をマリンシュカと言った。
「私の翅を見てしまったんですもの。当然、責任をとってくださるわよね?」
「私は既婚者だ。そちらの決まりごとを押しつけられても困る」
「あら、でも密室でふたりきりになった貴方にも非はあってよ?」
そう言ってますますラハーレに絡みつく。
迷惑そうにされてもお構いなしだ。
本来なら、執事ラプソンあたりが迷惑な訪問者をつまみ出すところだが、マリンシュカのこの発言である。
あるじに対して、やや疑わしげな視線を向けるラプソンとヨンカであった。
「なんだべか、うねうねしてて、うなぎみたいなおなごだべなぁ」
うなぎによく似たうなちゃんが、自分を棚に上げて呆れたように感想を述べた。
その横で全身の毛を逆立てたジンシャーが、しゃーっと牙を剥いている。
何はともあれと、マリンシュカに事情の説明を求めたところ。
ことの起こりは昨日。
数年前に半妖精族の里を出たあと、成人の儀自体は終えたものの、外の世界が気に入ってエーレにいついてしまったマリンシュカは、同胞の気配を感じとった。
翅を持つ者同士は、ある程度の距離に近づけば、同胞の気配を感じられるのだと言う。
ロメアラを探していたマリンシュカは、環星辰商会の経営する上宿にたどりつき、無事に従妹との再会を果たしたのだが。
それにとどまらず、この宿でマリンシュカは彼女曰くの運命的出逢いを果たした。
「一目見て、この人こそ私の伴侶だとわかったわ」
商談のため、宿の客室を利用しに来たラハーレに一目惚れしたマリンシュカは、商談相手が先に退室したあと、ラハーレが出てくるのを見計らって、彼を自分の体ごと室内へ押し込み、鍵を締めるなり翅を出したらしい。
「もはや押し込み強盗…」
ラハーレの両腕の間から、ぎゅうぎゅうに押しつぶされたエセンの声が聞こえる。
「こんな子どもっぽいまな板娘より、私の方が女として魅力的でしょう?」
「そのへんは好みもありますからねぇ…」
ヨンカがぼそりと呟いた。
ラハーレは母親が絶世の美女であり、また、十代の頃から我こそはと美貌に自信のある女性たちが群がったこともあって、大人びた美女にはある程度免疫がありそうだ、とヨンカは見ている。
まな板とマリンシュカは言うが、エセンは胸もお尻も平均程度には肉がついているし、このくらい女を主張しすぎず、あっけらかんとした気質の少女の方が、ラハーレとは相性が良いのだろう。




