第48曲 半妖精族の少女
秋も終盤に入り、気温が低くなるにつれて、フェルトワは少しずつ動きが鈍くなってきていた。
半物質の瑞蝶といえども、一般的な他の蝶と同じく寒さには弱いらしく、近頃ではエセンの左手甲に収まったまま出てこないことが多い。
ジンシャーも眠そうにしていたので、ラハーレとふたり夫婦水入らずで出てきたエセンだったが、知らぬ間に上着の隠しへ忍んでいた小型うなちゃんが、鼻提灯で寝入っていた。
たまには歩くのも良かろうということになり、商店の店先や路上演奏を冷やかしながら、河沿いの道を二十一番街まで徒歩で向かう。
本日は買い物ついでに、イーロゥの店へ行くことにしている。
かつての警邏隊長、現常兵隊副隊長バルケミーが、婚礼に出席できなかった代わりにと、山のような贈りものを送ってきたので、その返礼を見繕うのが一番の目的だ。
機構の一件の際は非常事態だったので多めに見られたが、通常は隊長と副隊長がふたりそろって職務を抜けることは難しく、まして酒の入る席ともなればなおさらということで、副隊長は残念ながら婚礼に出席できなかったのである。
途中、十九番街あたりの横道で、聞いたことのある声がしたような気がして、エセンは小路をのぞきこんだ。
焔のような赤毛が特徴的な長身の男が、小柄な少女と何やら言い争いをしているようだ。
「グレカディオ?」
「そのようだな…」
少女は、透き通るような白金の髪に浅葱色の瞳がうつくしい、人形のように整った顔立ちながら、ものすごい剣幕でグレカディオに詰め寄っていた。
それに言い返しながらも、グレカディオの方がたじたじとなっているようだ。
「そうやって言い逃れをする気ね?!」
「ちょっと待って、話が急すぎるよ」
「そうやって男は逃げるのよ!乙女の秘密を暴いておいて、責任逃れは許さないわよ!!」
なかなか興味深い状況になっているようだ。
エセンは琥珀の双眸をきらりと輝かせた。
「修羅場?!」
ラハーレが吐息をもらして呟く。
「だからもっと真剣に向き合えと言っているのに、軽い色恋遊びに逃げてばかりいるから、こういうことになるんだ」
他人の恋愛沙汰にラハーレが意見を述べるのは珍しい。
グレカディオの異性との付き合い方について、よほど日頃から思うところがあったのだろう。
「珍しいこともあるもんだべなぁ。ありゃあ半妖精族だべ?」
「半妖精族?」
いつの間にか上着の隠しから出てきていた、小さくなったままのうなちゃんが、エセンの肩に乗ってしたり顔で頷いている。
胸びれを前で交差するように寄せているが、これはお色気女優の真似ではなく、おそらく腕組みをしているつもりなのだろう。
「半妖精族ってなに?」
「聖なる一族のために働いていた、半人半妖精の一族だべ。けんど、怒りやすくて喧嘩っぱやいもんで、あるとき短気を起こして聖なる一族の元を出て行ってしもうたんじゃあ」
たしかに、見るからに短気で喧嘩っぱやそうな娘である。
「人との混血が進んで、翅を出せるほどの半妖精はもうおらんと思うとったが、まぁだ残っておったんだべなぁ」
そのとき、半妖精娘がきつい眼差しをエセンたちの方へよこした。
「あんたたち、何を見ているのよ!あっちへ…、!!」
あっちへ行って、と言いたかったのだろうが、途中で言葉を切った少女は、目を見開いてうなちゃんを見ていた。
「え、白龍……?!」
その後ろでグレカディオが顔見知りの登場に驚きつつも、ほっとしたように肩の力を抜いていた。
「それで、ご一緒にいらっしゃったと、」
ひとまず落ち着ける場所へ移ろうと、一行は二十一番街の『蝶と珈琲』へ来ていた。
エセンたちが到着した時にはまだ、紳士がひとり客席に座っていたが、まもなく会計を済ませて帰って行ったので、もうすぐ店じまいの時間だからとイーロゥが閉店の札を下げ、うなちゃんもいそいそと隠しから這い出してきている。
「龍だとか妖精だとか、国家機密級の情報に人を巻き込まないでほしいのだが…」
言ったところでどうせ無駄だろうけれど、と諦めの風情で、イーロゥが誰にともなく呟く。
「それでロメアラ、成人の儀ってなんなの?」
半妖精族の娘は、ロメアラと名乗った。
人が秘境と呼ぶ中央山脈の奥地にある村から、成人の儀式のため単身出てきたらしいのだが。
「ひとりで無一文の旅に出されるの。その間は手紙すら許されてないわ」
「厳しいのね」
「そして、いくつかの課題を乗り越えて翅を六枚まで増やせたら故郷へ戻れるんだけど、一度でも異性に翅を見られたらその者を伴侶としなければいけないの」
なるほど、なんとなく話が見えてきたなと、エセンは頷いた。
「つまりグレカディオは、ロメアラの翅を見てしまったと、」
「そうよ!泉で沐浴していたところに現れて、私の翅を見たくせに、この男は、婚姻の責任から逃れようとするのよ!!」
それはなんというか、うーん、とエセンは考え込んでしまった。
無防備に屋外で秘密を晒していた彼女にも非はあるが、翅はともかくとして乙女の肌を見てしまったというのは、事故だったとしても、女性側からしたら責任をとってほしいとなるのは分からなくもない。
「泉って、どこの?」
「ニニテの森よ!」
「なんでグレカディオ、そんなとこにいたの?」
「そりゃ仕事に決まってるでしょ。商品開発に必要な資材の調達に行ってたの」
「仕事でなんであんな奥まで来る必要があったのよ!」
「だから、あの辺にしか生えてない杉の木があるんだってば」
またもや不毛な言い合いの勃発したロメアラとグレカディオをよそに、ラハーレが口を開く。
「おそらくだが、閉じられた集落の中で婚姻を繰り返せば、近親婚の弊害が出る。それを避けるために、外へ伴侶を探しに行かせるための制度なんだろう」
ロメアラとグレカディオはまだ、結婚するしないで言い争っている。
イーロゥはもはや虚無の面持ちだ。
「さて、まずは評議会かしらね」




