第45曲 龍も仙人掌もみな踊る
ムルエスは屋内へ姿を消したかと思えば、しばらくしてポランを伴って戻り、共に踊りの輪へ加わった。
「あ、そこはふたりで向かい合って踊るんじゃないんだ?」
「ムルエスだからねぇ」
いざとなると、へたれな御仁である。
「少しはあっちを見習ったらどうかの」
ベケルの言う通り、財務局長トルエミスはちゃんとシャンスとふたりで踊っている。
レゼーラは、若干腰の引けているイーロゥに上半身を密着させて、ゆったりと体を揺らしている。
そんなに浪漫的な曲ではないはずなのに、その一帯だけ妙に退廃的な空気が漂っているのはなぜだろうか。
副所長ポヴランやグレカディオ、モナの父ティルポルや子どもたちは、輪になって広がったり縮んだりしながら、楽しげに踊っている。
そこへヨンカが飛び込んで行ったので、エセンもラハーレの手を引いてあとへ続いた。
輪の外ではジンシャーとレオンベルガーが、ぴょんこぴょんこと子どもたちの踊りを真似るような動きをしている。
他方さぼくんとうなちゃんは、シャンス・イーロゥ組の浪漫的な動きを真似したいようでゆらゆらと横揺れしているが、残念ながら子供番組で着ぐるみが揺れているような健全さが全開である。
誰に誘われたか、オードまでいつの間にか輪に加わっていた。
曲の切れ間でティルポルがラハーレに声をかけ、ふたりが輪を抜けたので、エセンはお歴々を誘いに行った。
御老公とは車椅子に乗ったまま、手を繋いでぐるぐる回り、ベケルとも少しだけ踊った。
その勢いのままデュイエを誘いに行ったエセン。
意外にも、デュイエはあっさりエセンの手をとった。
できる執事ラプソンが、ギレア帝国の宮廷では定番の舞踏曲を弾き始める。
誰もが一度は耳にしたことがある有名曲なので、エセンを含め、踊り好きなエーレの知識層は比較的踊れる人の多い舞曲である。
都会的で洗練された三拍子に乗って、デュイエが先導する。
歩幅や身長の差から踊りにくいかと思われたが、そのあたりはデュイエが調整してくれているようだ。
一曲踊り切るまでふたりの間に会話はなかったが、エセンはそれでいいと思っていた。
婚礼のために来てくれたこと、舞踏の誘いに応じてくれたこと。
それで十分だった。
しかし曲が止まったあと、デュイエはそのとき初めてエセンの顔を見たかのように、まじまじと見下ろしてきた。
「?」
「ずいぶん昔に一度会っているな」
庵で初めて会った時のことを言っているらしい。
あのときあなたは首を絞められてましたね、と返すわけにもいかず、エセンは黙ったままこくりと頷いた。
「翁の口癖を覚えているか」
『この裏口から出て行った者は、本当の自由を手に入れることができる』
翁はしばしばそう口にしていた。
「何もない、ただの崖上だ」
それだけ言い残して、デュイエは去って行った。
そのまま席には戻らず帰路に着くようだ。
近寄って来たラハーレがため息をつく。
「なんだったんだ、あの人は」
「ラハーレ」
「ん、」
「爺様にも結婚の報告に行かなくちゃ」
航りが近いことを悟った猫のように、ある日ふらりと姿を消した翁。
翁のことは半ば無意識に、思い出さないようにしていたのかもしれない。
ふたりそれぞれの奥深いどこかに爪痕を抱えて、何だかんだで支え合って生きて来た。
「ちょおっとぉ、そこのふたり〜。せっかくの結婚式に、なに辛気臭いつらしてんのよぉ」
「さぁ、まだ夜はこれからだよ!」
酒の入ったシャンスとレゼーラが絡んできて、ふたりは宴席に引き戻された。
さすがにもう夜も遅いので、子どもたちは寝る時間だ。
ビョルクはヨンカとともに部屋へ向かい、テンはティルポルが連れ帰った。
席についたエセンのところへ、さんざん走り回っていたジンシャー、レオンベルガー、うなちゃんが、爪紅を見せにやって来た。
うなちゃんはひげがうっすら桜色に染まっている。
「これ、格好よいじゃろう?」
すっかり土埃にまみれてしまったジンシャーとレオンベルガーの前脚を濡れ布巾で拭いてから、全員爪紅が似合っていると褒めてやれば、三体は嬉しそうにとびはねて、また走り出して行った。
「あぁ〜、せっかく拭いたのに…」
肩を落とすエセンに、さぼくんが茎節を曲げて頭頂部らしき場所を指し示してきた。
爪紅の代わりに、レゼーラからもらった花冠を得意げにかぶっている。
こちらもどうやら褒めてほしそうなので、いいね!と親指を立てておいた。




