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薔薇も野菊に混ざれば

真っ白な車から降りてきたのは、生まれてこの方、人に頭を下げたことがほとんどないに違いないと思わせる、ずいぶんと尊大な態度の男だった。

側仕えと思われる男性が、大袈裟すぎるほどの恭しさで、銀髪碧眼の男を示した。


「リンカラン國第十七王子、ドミナン殿下にあらせられます」


エセンと並んで急な来客を出迎えたラハーレが、「思った以上に早かったな…」と呟いた。


ドミナン王子の容貌は、新聞に載っていた写真からして本人に違いないであろうし、殿下ちゃんの貌に尊大さを加えてざっと三十年余り時を早送りすれば、このようになるであろう、と思われるものでもあった。


「大きい殿下ちゃん…」


心の聲を思わず漏らしたエセンに、慌てて家政婦のヨンカが口を塞ごうとするが、時すでに遅し。


ドミナン王子本人は、羽虫が飛んできたかな、程度の態度だったが、側仕えは激しく反応した。


「こちらは一千年の歴史を誇るリンカラン族の中でも、最も初代に近しい貴血を継がれる御方でごさいまするぞ!弁えられませ‼︎」


ドミナン王子は十七番目の王子だが、生母は王の従兄妹にあたる第一夫人である。

現時点で、もっとも次期王位に近い人物と云われている。


リンカランは、大元たどれば砂漠地帯に起こった豪族の國であったが、水場争いに敗れて北へ逃げ延びたという。

数百年の時をかけて混血が進み、見た目からはもはや判別困難だが、文化的には砂漠の民らしい特徴を多く残している。

極端な一夫多妻制もそのひとつであるし、王族の矜持は大陸最高峰ホヌラ山より高いと云われている。


砂漠の民は数少ない水場を巡っての争いが絶えず、部族の新陳代謝が激しい。

リンカランが一千年も滅亡することなく血を繋いだのは、負けて実をとったご先祖様の英断の賜物と云えるかもしれない。


側仕えの剣幕に、けれどエセンは少しも怯まず肩をすくめた。


「歴史は浅いけど、エーレ中立國は建國当初から身分制のないことを誇りにしてるの。『薔薇も野菊に混ざれば同じ陽を浴びよ』って諺があるわ。この國では身分によって人を差別しない」

「ふむ。もっともであるな。我は留学生の立場で学ぶ身。貴國の文化を尊重するものである」


王子は鷹揚な態度で述べると、側仕えへ下がるよう身振りで示した。

側仕えもそれ以上特に反論する様子もなく、素直に引き下がったところを見るに、側仕え自身の心情として怒気を示したわけではなく、主人の尊厳にかかわる発言に対しては反駁するのが彼の仕事であり、ある種の様式美のようなものなのだろう。


「殿下は、第三(しょう)の御子息ビョルク殿を迎えに来られました」


小さい殿下ちゃんの名は、ビョルクというらしい。




殿下ちゃん改めビョルクは、リンカランにおいてはいわば私生児の扱いになるようだ。


ドミナン王子には三人だか四人だか十人だかの妻がいて、そのほかにお妾さんが何人もいるそうである。

中には政治的なしがらみや、経済的な保護を目的とする妃妾も含まれてはいるようだが、いわゆる後宮というものがリンカランには存在する。


夫は妾を経済的に支援、保護するが、妾との間に生まれた子は認知しない。

エーレのような身分差のない國の者からすれば理不尽にも思われるが、リンカランはそういう文化だということだ。


実の子であり、しかも容姿が己によく似ているとなれば、可愛くて仕方がないかもしれないし、そうではないかもしれないが、父親の感情がどうであれ、ビョルクは公的には父親のいない子であり、王子と呼ばれる機会は生涯にわたってないということになる。


応接間に呼ばれ、執事のラプソンに伴われてやってきたビョルクは、びくついた様子で長椅子に坐らされ、上目遣いにドミナン王子を見た。


意外にも、王子はビョルクを頭ごなしに叱らなかった。


「我が息子クヘルの危機を救った見返りに、望みは何かと聞いた際、我の留学に同行したいと申したが、その時にはすでにこうして抜け出すことを決めておったのか?」


王子はリンカランの言葉で語りかけた。

リンカランは元々、現在のエーレ中立國に近い地域で起こった國なので、言語的には似たところが多く、エーレ人の知識層の多くが、リンカラン語を話す、あるいはある程度聞き取ることができる。


五歳の少年には小難しい云い回しが多い印象だったが、ビョルクは内容を理解できているようで、


「にげるつもりじゃなかったです。おいかけられて、でてけっていわれて、かくれました」


少年なりに、言葉を択ぶ様子で答えた。

その受け答えだけでも、彼の利発さや他者への配慮が見てとれる。


誰に追われたのかをビョルクは云わず、王子もまた追及しなかった。


「此処は居心地がいいか」


王子の云う「此処」は、ラハーレの邸を指すのだろう。


「はい」


エセンとしては、拾ってきたきり最低限の寝食を提供するくらいでほとんど放置状態にして申し訳ないと思っていたくらいなのだが、ビョルクは迷いなく答えた。

あるいは、あの臍曲がりの古代猫が知らぬ間に構ってやっているのかもしれない。


「ならば第三席殿、まことに厄介をかけるが、この者を貴家にしばし置いてやってはくれまいか」


王子はラハーレを『第三席』と呼んだ。

この國における最高意思決定機関である評議会での、発言力や権限の強さをあらわす呼び方である。


「滞在費は無論、こちらで用意するゆえに」


王子は側仕えに小切手を切らせて差し出した。

それを、ラハーレが金額を見もせずに受け取り、頷く。

相手への信頼の証だ。


態度は尊大だが、筋は通すし、異なる価値観への許容もある。

この手の人間をエセンは好ましく感じるし、ラハーレも嫌いではないのだろう。


「ではしばらくの間、よろしく頼む」


何かあったときには、と連絡先を書き置いて、ドミナン王子主従は玄関先に待機させていた護衛らを引き連れ、あっさりと帰って行った。


「なんか知らないけど、今すぐ連れて帰るって云われなくて良かったわ〜」


のんびりと咲ったエセンに、ビョルクは両頬を喜びに紅潮させて何度も首肯した。


「他國のえらっそうな人に拉致監禁容疑をかけられなくて、ほんとに良かったです…」


手をつけられることのなかったもてなしの茶を下げながら、この家で唯一の小心者と自称するヨンカが、ひとり胸を撫で下ろしていた。


そんなヨンカを横目に見ながら、ラプソンがひとりごちる。


「何気にあなたが一番失礼な発言してますけどね…」

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