第35曲 古大陸からの呼び声
星の譜を通して呼びかける少女の声は、友である白龍の仔を助けてほしい、と訴えていた。
少女の話す言葉は聞いたこともない言語だったが、不思議と意味が理解できるのは七色石の懐中時計のおかげか。
曰く、時の王を廃した簒奪者が国の守護龍を支配しようとしてその仔をさらい、秘伝の技術を用いて隠してしまった。
仔を想う心の闇には抗えなかったか、白龍は簒奪者によって特別な鎖をつけられ、自我を奪われた上で力を搾取されている。
少女自身もまた簒奪者によって捕らえられ、小さな館から逃げ出すことができない。
最近では、王の徳に引き寄せられるという瑞蝶をほとんど見かけなくなった。
守護龍が国に存在して、その力を利用できていたとしても、それは真の意味での守護とは異なる。
もうこの国は終わりだろう。
だがせめて、あの仔だけでも終わりのない苦しみから解放してやりたい。
聖なる一族が作りかけのまま手放した第八世界。
時が止まったままの箱庭に、あの仔はいるらしい。
自分にできるのは、いつかのどこかにいる誰かに届くと信じ、この譜をもはや消えようとしている時空の風に乗せて流すことだけーーー。
「またまた評議会案件かしらね〜」
うんざりした声でぼやきながらも、こういったことを放っておけない性分のエセンは、ゆっくりと立ち上がった。
「ほんっとにお前は懲りねぇよなぁ」
オードは丸みのある玻璃の器を手のひらに包んで回しながら、いつもの皮肉な口調で言った。
蒸留酒でも嗜むかのように見せかけて、飲んでいるのは林檎果汁である。
果汁十割のため、沈殿した搾りかすを撹拌する意図らしいが、実に紛らわしい。
「それにしても初めて聞いたわ、作りかけの第八世界ってなんなの?」
「俺もよくは知らん。新大陸へ移ったのは、聖なる一族に付き従っていた人々であって、聖なる一族そのものはひとり残らず海に沈んだか、あるいはどこか別の次元へ旅立ったと言われている。現代にまで伝わる情報は、しょせん一族の持ち得た知識の澱か滓のようなものだ」
御老公に聞いたところでは、この紙束の原本は古大陸時代の特殊金属でできた小箱に入っており、少なくとも現代においてこれを再現するだけの技術力を持つ者はいないだろうと。
また紙束自体も、現代には存在しない劣化しにくい素材であることから、古大陸時代に生産されたもので間違いなさそうだ。
他のいくつかの遺物と共に浜辺へ流れ着いたようだが、古大陸少女の言う「時空の風に乗せる」とはどういうことなのか。
「マリアロに聞いてみるほかないでしょうね」
いくら複写とは云え、航りの機構にそう頻繁に接続することははばかられるし、ましてマリアロは非常用の機構管理者である。
相応の理由なくして軽々しく呼び出すことは控えるべきであろうが、今回については評議会の総意と共に行政長の許可が下りた。
ラハーレが端末を起動し、映写幕にマリアロを呼び出す。
ほどなくして墨が滲むように現れたマリアロは、鉛色の目を一度瞬きさせてから淡々と口を開いた。
「先日ぶりですね。このたびはどのようなお困りごとでしょうか」
エセンが状況をひと通り説明すると、マリアロはなるほどと頷いた。
「おそらくその少女は、瑞蝶を通して時空に関与できる一族の末裔でしょう。監視の目をかいくぐって、国力の低下とともに激減した瑞蝶を使い、暗号化した言伝てを放ったようですね」
瑞蝶がかなり弱体化していたとは言え、彼女もまさか、助けを求めた声の届くのがこれほど遅くなるとまでは予想していなかったのではなかろうか、とマリアロは言った。
そして、第八世界について話し出したところで、マリアロはほんの少しの人間臭さを見せて言い淀んだ。
「実のところ、古大陸の聖なる一族は航りの調整には機構を用いず、自ら直接関与していたようで、今ある機構自体は新大陸ができてから作られたものなのです。ですから、私も古大陸時代について知るところはさほど多くありません」
新大陸に移った人々も、第八の世界が存在することについてはうっすら知っていたようだが、それ以上の詳しい情報は、少なくともマリアロの経験と学習による知識の海には存在しないようだ。
「他の六つの世界については、同格であるそれぞれの機構管理者から情報を得ることも可能ですが、打ち捨てられた箱庭となれば管理者もおらず、それがどこにあるのかすら、残念ながら私にはわかりません。お力になれず恐縮ですが」
つまり、機構と第八世界は繋がっておらず、マリアロを通しての接続は不可能ということだろう。
お役に立てるとしたらこれくらいですが、と前置きしてから瑞蝶についてのわずかな情報をくれて、マリアロは消えて行った。




