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第33曲 夢枕と本日の議題

「結婚式を執り行っていないそうですね」


事件の後始末もようやく落ち着き、照りつける夏の日差しもそろそろ和らごうかという頃。


玉虫の塔へ向かう途中、行政区画でジャヌーアに行き合ったエセンは、ぱちくりと琥珀の目をしばたたいた。


「、え」

「昨夜、夢枕にあなたのお母さまが立って言うことには、規格外の娘がようよう人並みの幸せを得たので、人並みに結婚式を挙げてやりたいと」


職場であるゆえか、塔で話したときよりもやや厳格な口調のジャヌーアである。


まれに肉体から魂が離れたことを受け入れられない、あるいは突然すぎて気づいていない場合、魂は次の世界へ移っても、残留思念だけが元の世界を彷徨ってしまうことがあると聞く。


エセンの実の両親は事故で旅立っているので、とうに世界を航っているはずであり、とすれば、夢枕に立ったというのは母の残留思念なのかもしれない。

それが唯一の心残りなのであれば、叶えてあげてもいいかなぁ、くらいには思うのであるが。


「……ラハーレが、なんて言うかなぁ」


あの無口無表情な夫は、基本的に目立つことを好まないだろうし、記念とか祝いとかいったものに関心を持っていないだろう。

などと考えあぐねながら塔へ向かうと、


「かまわないよ。むしろお願いした方がいい」


ジャヌーアの話を伝えると、ラハーレは艶のある黒髪を揺らしてあっさり首肯した。


「、んぇ?」

「私たちはふたりとも、実の親と縁が薄い。行政長が君の母親代わりを務めてくださるなら、願ってもない後ろ盾となるだろう」

「あぁ、そういう……」


実利的な理由であるところが、いかにもラハーレらしい。


「それに、君はあの人のことが好きだろう」


そう付け加えて、ラハーレは微笑んだ。

それを見て、この人は最近よく笑うようになったなぁ、とエセンは思う。


「おーい、そこのふたり、いい加減に会議始めるぞ〜」


やる気なさそうに頬杖をついたままオードが皮肉っぽく呼びかけ、ふたりは円卓についた。


彼らが話している間に、今日の出席者は揃ったようだ。

諮問員として、ついこの間ラプソンの趣味仲間であることが判明したトルエミスも来ている。


「で、どこでやるんだ?」

「は?」

「だから、結婚式するんだろ?場所とか日取りとかさぁ、決めないとじゃん?」


オードがへらへらしながら、相変わらず年齢を感じさせない童顔を資料の束であおいでいる。


「会議、始めると言いませんでしたか?」

「本日の議題は、秋の軍事演習と、そのあとは予算の割り振りについてだからね〜。結婚式のが大事でしょ」


グレカディオに片目をつぶられても、正直反応に困るだけなのでやめてほしい。

どうせなら、塗料の女神レゼーラあたりがいい。


「演習と予算、大事よね?」

「どっちもほぼ確認は済んでて、あとは承認するだけだから大丈夫よぉ〜」

「つか、この議題だとお前がいの一番に寝るだろうに」


これはきっと、議題が地味すぎてみんな退屈しきっていたんだなぁ、とエセンは察した。


たいていのことは民間に任せてしまうお国柄ゆえ、エーレの行政機能は非常に簡潔(シンプル)である。


また、行政長が有能なのもさることながら、監査局と情報管理局が事前に二重監査をかけて、その時点でかなり叩かれるので、評議会に上がってきた案件が却下もしくは差し戻しされることはあまりない。


「予算なんてものは、評議会に上げるまでが戦場ですからね」


各行政局とさんざんやり合ってきたのだろう、トルエミスの横顔には疲労が色濃い。

そのトルエミス率いる財務局にとっては頭の痛い金食い虫、常兵隊長の方はいたって元気そうである。


では、評議会の存在意義は何かと言えば、先日の機構が書き換えられていた一件しかり、組織というよりも、個々人の特性や力量が必要とされる場面においてことのほか発揮されるわけで。


つまり日頃は、才を持て余した猛獣たちが爪を研いでいる状態なのである。


「ちょっと思ったんだけど、」

「なに、なに?」


ふと思いついて話し出したエセンに、シャンスが身を乗り出した。


「結婚式でジャヌーアさんがお母さん代わりになってくれるってことは、つまりシャルリアンテがお父さんになるってこと?」


皆が、うっと言葉に詰まる。


シャルリアンテは有能で実の気のいい、得難い人物ではあるが、新婦の父親席にあの堅気に見えない個性(キャラ)の濃い男が親指を立てて座っているところを想像すると、若干微妙な心持ちになるのが正直なところだ。


まして、無口無表情の権化ラハーレが、「お義父さん」などと呼びかけるところを想像すると、こみ上げる笑いが止まらなくなりそうである。


「それはそれで、ちょっとおもしろそうだけどなぁ」

「オード、」


にやにやし出したオードを、ラハーレが氷の視線で凍結させた。


橙色の髪のベケルが、こほんと咳払いをした。


「もう夫婦になっておるのじゃから、親族席にはこだわらんでよかろう。場所もな、通常なら式場を借りるか、新婦の家と新郎の家とでふた晩かけるかじゃが、それもラハーレの館で一度に済ませればよいわさ」

「師匠が常識人に見える……!」


またもやエセンが余計なことを言って、ベケルに飛び蹴りを喰らったのだった。

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