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第26曲 葬送蝶

「それじゃあ古大陸では、物質としての体を持ついきものと半物質的ないきものが、共生していたのね?」

「そういうことになります。エーテル体を核とした古大陸の生命体であれば、狭間の空間にアクセス可能です」


機構の小部屋で、エセンは必要な情報をマリアロに確認していた。

このあとの作業は、研究所の実験室の方が都合が良いので、首都へ帰還予定だ。


折良く常兵隊の特別機がシャンスを乗せて帰投するので、エセンもヨンカを連れて便乗することになった。

帰るとなったら急に首都クープの喧騒や、地下神殿とはまた異なる雑多な電飾の彩りが恋しくなる。


他の面々は、車や電車でゆっくり戻ってくることになっている。


「マリアロ、ありがとう。また会いましょう」

「はい、お待ちしています」


マリアロへの確認を終えたエセンは、待機していた皆の方へ体を向けた。


「エセンちゃん、またね」

「エセンちゃ、きよつけてね」

「大丈夫、首都で待ってるわ」


エセンは子どもたちをまとめて抱きしめた。

ビョルクは御老公と馬が合ったようで、エセンが忙しくしているうちに、いつの間にか仲良くなっていた。


テンはティルポルがこのまま連れ帰るが、折を見てそう遠くないうちにラハーレの館へ連れて行くと言うので、またすぐに会えるだろう。


このところ、ベケルに借りたらしい苔の写真集にテンが夢中なので、本人が望めば研究所の見学に連れて行くのも良いかもしれない、とティルポルは笑っていた。

それを聞いたベケルがにんまりしたのは、言うまでもない。


「エセンちゃん、全部終わって落ち着いたらたまには遊びにきておくれや」

「おじじ、同じ研究所の敷地内だから。目と鼻の先だから」

「エセン、シャンスが一緒ならまず危険はないだろうが、気をつけてな」

「ポランも気をつけてね!」


機構の歪みは戻せたとは言え、すでに影響が出ている部分に関しては、別途人の手が必要になる。

ポランはこのあと、国内各地で疫病などが発生していないか確認して回る予定になっており、しばらくは多忙が続きそうだ。


シャンスの場合は有能な副官がいるのである程度は任せられるようだが、国境沿いの小競り合いなど、こちらも歪みの余波をくらうことになりそうである。


多忙なグレカディオは、すでに商会の仕事に戻っている。

お歴々に「早く彼女作れ」などといじられて、「余計なお世話ですよ!」と憤慨しつつ、慌ただしく旅立っていった。


「師匠、シャルリアンテも、あとはよろしくね」


ベケルはうむ、と頷き、シャルリアンテは頼もしい悪人面で親指を立てた。


最後にエセンは、夫ラハーレに向き直った。


「ひと足先に帰るわね」

「ああ、機構の保護まで終えたら、すぐにあとを追うから」


今後、何人(なんぴと)も安易な改変ができないよう、強力かつ複雑な機構の保護をかけることになっている。

そちらは現代の大陸共通語で新たに付加するので、マリアロの助けがあればラハーレひとりでも構築は可能だが、一から組むことになるのでそれなりの時間はかかるだろうとのことだ。


ラハーレはエセンの耳あたりに頬を寄せ、それを受けたエセンはくすぐったそうな表情になった。


「がんばってね、私の自慢の旦那さま」


ラハーレが少しだけ目を見張り、しばしのち小さく微笑んだ。


「きみも、私の自慢であり宝だ。くれぐれも無理はしないように」



首都の研究所に戻ったエセンはすぐさま自身の研究室にこもり、古大陸生物の再生に没入した。


過去に採取された光る綿毛虫の遺伝子を元に、古代の葬送蝶を再現する。

光る綿毛虫は古大陸時代から存在すると言われ、半物質的な性質を色濃く残している。

また、産卵ではなく分裂によって短時間で個体数を増やすことができるので、そういった意味でも今回は都合が良い。


狭間の空間に取り残された魂の情報については、マリアロから得ている。

機構の管理者が狭間の空間に直接力を及ぼすことはできないが、情報に接続することは可能だという。


現在はすでに機構が正常化されているため、新たに世界を巡ろうとしている魂については、問題なく流れていくだろう。

エセンの役目は、長くそこにとどまっている魂を正しい流れに乗せることだ。


一度流れから外れてしまった魂は、道が判らなくなってしまう。

その導きを葬送蝶に担ってもらえばよい、とマリアロは言った。


古大陸において葬送蝶はひとりにつき一頭がついて、航りを助けていたようだ。

魂が蝶になって飛んでいくという民間信仰は、このあたりから生まれたのかもしれない。


しばらく作業に没頭していたエセンが、はっ、と息を呑んだ。


深く思索の淵に潜り込んでいた意識が一気に引き上げられ、そのまま浮上する。


色彩豊かな淡く光る蝶たちが柔らかくエセンを包み込み、覆い尽くした。


「っ、」


ジンシャーが高く鳴き、見守っていたヨンカが何か呼びかけるように手を伸ばしたのが見えたのを最後に、エセンの視界は光に覆われた。

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