第24曲 過去の受容とふたりの距離
「そっかぁ、やっぱりそうだったのね」
感情のこもらない淡々とした声音で、ぽつりとエセンは呟いた。
地下神殿へ戻る帰路。
機内では、空気の読める安全運転の騎士シャルリアンテが、癒し効果があると云われる環境音楽を口ずさんでいる。
もの思いに沈んでいたラハーレがはっと顔を上げて、エセンに寄り添った。
「ううん、そこまで衝撃を受けたわけじゃないの。だって薄々気づいてたのよ。最期の数日、モナが薬を飲んでいるところを見なかったから」
モナの命数が残り僅かであったことはたしかだろう。
けれど、薬を飲んでいればあともう少しだけ、永らえていたかもしれない。
彼女はおそらく、エセンがそう遠くないうちに家族の元へ連れ戻されるのではと恐れていたのだろう。
そして、エセンに見守られながら旅立つことを望んだ。
他国ではほとんど聞かないが、エーレ中立国の一部地域では、この世界での生を終える際、家族や友人、愛する人などに見守ってもらうと、いつかまたその人と出逢える、という土着の迷信がある。
だからモナは、旅立ちの日を早めてでもエセンのいるうちに、と思ったのだろう。
そして命を繋いでいた薬を断つことは、とりもなおさず緩やかな自死を意味する。
「モナは、淋しがりやだから」
感情の抜け落ちた顔のまま、エセンははらはらと涙を溢していた。
モナとの別れ以降、一度も泣いたことのなかったエセンの実に久しぶりの涙だった。
ラハーレが互いを癒し合うようにエセンを抱きかかえ、往きとは逆に、シャンスとグレカディオが目を瞑って狸寝入りに徹していた。
庵で大活躍だったジンシャーは、エセンのくるぶしあたりに尾を巻きつけて丸くなっている。
戻れば途端に忙しくなるエセンとラハーレだ。
思う存分泣けるのは今を逃せばだいぶ先になってしまうし、その時にはもう感情が落ち着いてしまって泣けなくなっているかもしれない。
反転させた言葉を蝶の懐中時計を使って元に戻す方法は、マレーレの遺した声が教えてくれたので、地下神殿に戻り次第、ラハーレが機構を正常化することになる。
ただ、それだけでは狭間の空間に閉じ込められた魂の救済には至らないため、そちらはエセンの出番である。
幸いにもマレーレはこの点に関しても手掛かりを遺してくれており、それはエセンの得意分野でもある。
小型機の分厚い窓硝子の外を並走するように、淡く明滅する光が群れをなして飛んでいる。
綿毛に似た形態を持つ虫のように小さな生きもので、詳しい生態はまだ判っておらず謎も多いが、空中を漂いながら群れを作って暮らしている。
正式な学名は別にあるが、長ったらしいので誰も覚えようとしない。
エーレの民はたいてい見たまま『光る綿毛虫』と呼んでいる。
おもしろいもので同じ群れでも皆少しずつ色合いが異なり、のんびり点ったり癖の強そうな拍を刻んだりと、思い思いに光っている。
高所でも天敵の鳥がいないわけではないので、身を守るためか、飛行機などが飛んでいるとそばへ寄ってきて乗客の目を楽しませてくれるのだ。
「あぁ、そうだわ、」
見るともなしに窓の外へ向けられていたエセンの目に、いつしか力強さが戻ってきていた。
「うん、これでいけると思う!」
ラハーレがエセンのこぶしを上から包み込んだ。
「ねえ、ラハーレは知ってたの?」
エセンはほんの少しも臆さずに尋ねたし、ラハーレもまた、澄んだ泉のように底まで見通せる眼差しで応えた。
「母の亡骸を発見したのは祖父と私なんだ。睡眠薬を多量摂取して、発見したときにはもう事切れていた」
エセンはラハーレの肩口あたりに後頭部をつけて身を寄せた。そこに小柄な自分がぴったり収まる場所があることを、もう彼女は知っていた。
「去年、私が買われそうになったのを教えてくれたの、デュイエさんなんですってね」
「もう十年近く会っていなかったのに、仕事の電話か何かのように掛けてきて、なんの前置きもなく君の情報をくれて、名残りも余韻もなく淡々と通話を切られた」
「デュイエさんらしいね。今さらだけど、ありがとうって伝えたいな」
「君がそうしたいなら、好きなようにするといい。私は母のことが腑に落ちたら、いつか感謝を伝えに行くかもしれないし、そんな日は一生来ないのかもしれないけれど」
「ラハーレはそれでいいわよ。家族の問題は人それぞれで、絶対の正解はないと思うから」
エセンの少し上がった口角のすぐ脇に、ラハーレは形の良い唇をそっと触れさせた。
一瞬、何が起きたのか判らないような表情をしていたエセンは、すぐに大きな琥珀の瞳を煌めかせ、ラハーレの頬に飛びつくような口づけを返した。




