第22曲 夫々の家族のかたち
「ビョルク!大丈夫だった?僕のせいで狙われたって聞いたんだ、」
映写幕から飛び出さんばかりの勢いで、ドミナン王子の息子、クヘル小王子はビョルクに語りかけていた。
ビョルクやクヘル小王子には毒入り珈琲のことは伏せて、ただ、小王子の乳兄弟がまたビョルクを陥れようとしていたが未遂に終わったことだけ伝えている。
ビョルクが首から下げているがま口には、彼のなけなしの資金が入っているわけだが、これは実はお小遣いではない。
わずか五歳の少年が、労働により自ら稼いだ正当な対価なのである。
ビョルクの母親は愛情深くもなかなか厳しい女性のようで、寄る辺ない立場である息子をいちにちも早く自立させようと、大人の手伝い程度ではあるが、庭の水遣りから皿洗い、軽い荷運びに至るまでさまざまな仕事を与えて、自ら金を稼ぐという体験をさせていた。
そんな汗と頑張りの結晶を、ビョルクは世話になったエセンやラハーレのために使おうとしたのである。
その話をドミナン王子から聞いて、ベケルがまたしても涙ぐんでいた。
反射でそれを指摘しそうになったエセルの口元をラハーレの手のひらが覆い、体ごと抱え込んで静かに回収していった。
そんなビョルクが恩人と慕うエセンに、自分が毒を飲ませるところだったと知れば、どれほど傷つくことか、と大人たちの思いはひとつになり、事実を伏せることにしたのであった。
「ターユは孤島の僧院へ入ることになったんだ。もう心配いらないから、帰っておいで。もう少ししたら僕の側近にもなってほしいし、年も近いのだから一緒に勉強しよう。きみの母上も待ってるよ」
クヘルの言葉にビョルクはしばし考える様子だったが、やがて顔を上げると明るく笑った。
「ありがとう、ございます。ドミナンでんかの、りゅうがくが終わるまでは、ここにいます。でも、帰ったらいっしょにべんきょうしたいし、そっきんもめざしてみたいです」
ふたりは固い約束を結ぶように微笑みを交わし、しっかりと互いに頷いた。
テンはそれを近くでにこにこしながら眺めているが、その右手はティルポルの左手を握りしめていた。
ティルポルがテンに、自分の子にならないかと伝えたのは昨日のこと。
いまのテンにはもうモナに関する記憶はないはずだが、何か縁を感じたのか、「わかた、なる。ありがと」と頷いたのだった。
毒の一件が超速解決を見たので、あとのことは各国の重鎮や研究所のお歴々に任せて、ラハーレとエセンは最低限の護衛要員だけ連れて、翁の遺した庵へ飛ぶことになった。
ちょうど御老公が無理やり用意させた小型機があるため、グレカディオの了承を得て使わせてもらうことにしたのだ。
用意させたというか、むしろ乗っ取りに近かったわとグレカディオがぼやいていたが、詳細を聞くのが怖すぎて誰も突っ込めなかった。
翁の庵まで空路で数時間。
舵輪がついていればなんでも操縦できるらしい、安全運転の騎士シャルリアンテが、環星辰商会所有の小型飛行機を安定飛行させているところである。
「いえね、安全運転だとは思うのよ、思うんだけど、」
グレカディオは梅干しを食べたような表情だ。
機内をエセン作曲『魂の旅』が大音量で流れている。
機長の機内放送でご丁寧にも流れ星の効果音付きだ。
「なんでこの曲?!箒星か何かに撃ち落とされそうで、めちゃくちゃ怖いんだけど!!」
「浪漫よね〜」
「どこに浪漫要素あった?!」
「これだから浪漫を解しない男は、」
「だから浪漫要素どこ??」
グレカディオとシャンスの掛け合いを、夫婦漫才かよとでも言いたげな横目でちらりと見るジンシャー。
窓際では、さすがに疲れたのかエセンがラハーレの肩に頭を預けて静かに眠っている。
その頭にラハーレも自分の頭を寄せ目を閉じてはいるが、こちらは眠っているわけではなさそうだ。
「あの一角だけ平和でいいわねぇ」
「今さらだけど、エセンちゃんて鋼琴の下以外でも寝られるの?」
「一応ね。でも眠りは浅いし、わりとすぐに起きてしまうみたい」
「モナちゃんのことが解決して、夫婦の寝室が使えるようになったらいいけれど」
「やーねディオったら、発想が下世話っ」
「えぇ〜?ラハーレだって内心では待ち望んでるわけじゃない?」
「そりゃ、そうでなきゃ男が廃るでしょうよ」
心なしか、瞑目しているラハーレの額に青筋が立っているようではあるが、もとより気にするようなふたりではない。
「子どもたちとポランは、今ごろ愉しんでいるかな」
「どちらも海は初めてみたいだし、もう少ししたらそう頻繁には逢えなくなることを考えたら、いい思い出にはなりそうね」
子どもたちはそろそろ陽の光を浴びさせないと、とポランが主張して、シャルリアンテに車を出してもらい海辺へ連れて行っている。
『魂の旅』はいつの間にか静寂の章まで辿り着いていたようで、星の煌めきだけがしゃらしゃらと鳴っている。
「ラハーレの心願成就に、」
「悲願達成に、乾杯!」
薄い硝子の打ち合わされる音が、星の瞬きに華を添えた。




