第21曲 暴走車椅子と事件の終着
仮眠を挟みつつ皆が奔走して、事件発覚の翌朝には毒入り珈琲の関係者や経緯がほぼ丸裸にされていた。
犯人らにとっては不運なことだが、エーレ中立国の頭脳と呼ばれる人たちを結集すれば、これくらいは朝飯前というところだろう。
そしてエセンの眼前には、白髪がところどころ逆立った御老公がいた。
何がなんでも現地へ行くと言い張って、グレカディオに小型飛行機を用意させたらしい。
グレカディオがちょっと疲れた様子なのは、気のせいではないだろう。
車椅子に乗った体は小さいが、眼光鋭く存在感も強すぎる。
座っているのは普通の自走式車椅子のはずなのだが、手で車輪を回すと同時に足をかさかさと動かして、なんならちょっとした競技用自転車くらいの速度で移動する。
巷では暴走車椅子と呼ばれており、いやむしろ車椅子いらないんじゃないかな〜とエセンは常々思っている。
御老公の暴走もとい奔走もあり、またいつの間にやらモナの父ティルポルも合流して、『土竜のお宿』離れはえらく大所帯になっていた。
「エセンちゃん、黒幕はこの通りふんじばってやったからな!」
大層得意そうな様子で、御老公が映写幕へあごをしゃくった。
そこには、珈琲色の髪が五線紙のように頭頂部を横断する中年男が、猿轡かつ縄ぐるぐる巻きで転がされていた。
リンカラン国王弟ゾヤネ。
その後ろでは、クヘル小王子の乳兄弟ターユが憔悴した様子で項垂れている。
ゾヤネの隣には、久々に姿を見る第十七王子ドミナンが相変わらずの尊大な態度で立っていた。
「エセン殿にはたいへんな迷惑をかけた。一年前にもエーレの至宝たる其方を金で買おうなどと、貴国との友好関係を途絶えさせかねぬ真似をしたので、父がきつく灸を据えてやったのであるが、まだ反省が足りぬようであるな。我が叔父ながら誠に度し難き所業である」
玉座を狙うため、当時十五歳だったエセンを、その能力を利用するべく義父母から買い取ろうとしていたゾヤネ。
どういう経路で情報を得たのか不明ながら、父デュイエからのたれこみでそのことを知ったラハーレが神速で動き、エセンを保護したわけだが。
その際、両国の関係性が悪化しないよう、自ら動いて尽力したドミナンが自国内での権力基盤を揺るぎないものとし、他にも優秀な王子がいることから、もはやゾヤネが王位に就く目はなくなったと云ってよい状況だが、それでも諦めきれなかったのだろう。
ラハーレを追い落としたいバルミレン、ラハーレを得るためにエセンを排除したいカティージア、ビョルクを逆恨みするターユまで巻き込み、ゾヤネはエセンの拉致計画を立てた。
ビョルクを使ってエセンに睡眠薬を盛り、連れ去る計画だったようだが、カティージアが睡眠薬を致死性の劇薬にすり替えるなど関係者の思惑の違いから足並みは揃わず、またレオンベルガーの活躍もあって計画は失敗に終わった。
当局の尋問によればゾヤネはエセンの見た目も好みだったようで、その能力を利用するだけでなく何番目だかの夫人にして囲い込むつもりだったということだ。
それを知ったラハーレや御老公ら、関係者の発した殺気は尋常ではなく、ベケルが自身も激怒しながら「そやつ、明日まで頭と胴が繋がっておればよいがな…」と呟いたほどだった。
前回はエセンの養父母の同意があったので裁ききれなかったが、今回はさすがに犯罪行為に該当するため、ゾヤネも逃げられないだろう。
別の映写幕には非常に疲れきった様子のオードが映り、その脇にはぼさぼさ脱色髪の女性が座り込んでいる。
「え、だれ?」
状況からしておそらくカティージアなのだろうが、それでも別人ではないかと疑うほど、さま変わりしている。
寝起きのところを連行されたのか、あの見事な螺旋を描いていた巻貝髪はどこへやら。
すっぴんのまま、ひどい肌荒れを隠すものもなく、幽鬼のごとき顔色の悪さである。
「眉、薄っ」
「余計なお世話よ!!」
「あの見事なつり眉が、まさか夢まぼろし蜃気楼だったなんて……!」
「うっさいわ!!!」
「エセンちゃんが正直者なのは仕様だからね〜」
「つか、カティージア嬢、本性出しすぎじゃね?」
父親のバルミレンは、ビョルク襲撃の件ですでに当局に拘束されており、この場にはいない。
ビョルクの件も裏で王弟が糸を引いていたことが判明している。
エーレで裁くよりリンカランの法に照らした方が、ゾヤネにとってはより厳しい沙汰が下るだろうとのことで、ドミナンがすでに一時帰国して母国へ連れ帰っている。
ターユも同様だ。
カティージアについてはこれからだが、表の世界で会うことはおそらくもうないのだろう。
「カティちゃん、お餞別に仙人掌ちゃんでも」
「そんな気持ち悪いもん、いらないわよ!!てか、今までさんざん変な呼び方してたくせに、なんで今になって愛称?!」
「いや、なんとなく…」
ただ単純に、事件の全容解明にあたり本名がたびたび挙げられていたので、記憶に残ったというだけである。
虚飾が剥がれ本来の姿が顔を出したので、名と体が一致したということもあるかもしれないが。
エセンの足元でジンシャーが、「けけけっ」とせせら嗤うように鳴いた。




