第17曲 土竜のお宿の決起集会
「「うんまーーーーーい!」」
ビョルクとテンが、それぞれ両手を頬に当てて歓声をあげる。
その姿に、無関係の近隣卓も含め周囲が爺婆化する。
周囲からの注目には、ラハーレの美貌に釘付けになる女性客らの熱視線も混ざっており、彼は鬱陶しそうに頭を振っている。
「素直でええのぅ」
ベケルがちらとエセンを見る。
「何よぅ、師匠」
エセンは唇を尖らせた。
「おぬしにこんな純粋だった時代があったかと思うてなぁ」
「エセンはいつだって素直で純粋ですよ、ベケル」
「ラハーレはこやつに甘すぎるのじゃ。エセンの場合、自分に素直すぎるのが問題というか…」
「いいんじゃないです?結果、何だかんだで良い方向に向かうのがエセンですから」
「良い結果になるから調子に乗るのではないか!」
ラハーレやポランが擁護するものの、話題の中心人物であるはずのエセンはすでに会話から離脱し、揚げ麺麭に集中していた。
酵母で発酵させた生地はふっくらと軽く、きつね色に揚がったその上に砂糖がたっぷりとかかっている。
「エセンちゃん、もういっこ食べますか?ぼく、おこづかい、たくさんもらったので、かってあげます」
小さな紳士ビョルクが、身体に似合わぬ大きながま口を取り出して見せるので、エセンは手を伸ばしてその頭を撫でてやった。
「こういうのはね、もうちょっと食べたいな、くらいでやめておくのがちょうどいいのよ」
「そうなんですか?」
ビョルクは大人の真似をして人に奢るということをやってみたかったらしく、残念そうに紐付きのがま口を服の中へしまった。
「ぼく、おとな、なたら、あげぱ、とうくらい、つむの」
「玉虫の塔とおんなじくらいですか、それは浪漫ですねぇ」
「実に子どもらしい夢よねぇ。子どもの頃のエセンちゃんが、いくら積んだら揚げ麺麭やを買収できるか計算してたのとはえらい違いだわぁ」
喜色満面で麺麭にかじりつくテンとビョルクを、シャンスとヨンカの姉妹が両側から挟んで坐り、頬についた砂糖くずをとってやったり、水を飲ませたりと、何くれとなく世話を焼いている。
ぱっちり二重のシャンスと切れ長すっきり目のヨンカは造作の系統がまるで違うのだが、こうしてふたり近くにいると、どちらも黒髪黒目で額つきや肌の色味、骨格がやはりよく似ている。
そこへ、席を外していた副所長ポヴランが、汗を拭き拭き戻って来た。
「申し訳ございません〜、皆さまいったん宿へお移りいただけますでしょうか〜」
どうにも緊迫感に欠けるポヴランの物云いながら、何かあったなと察した面々がさっと席を立ち、シャンスとヨンカが子どもたちをそれぞれひとりずつ腕に抱え上げた。
地下一階の奥まった辺りに、評議会員がよく利用する『土竜のお宿』はある。
宿の主人が、オードの従兄弟の娘婿の兄というよく分からない関係ながらも親戚ということで、離れを貸切にしてくれたりなんだりと融通を利かせてくれるのである。
土竜と名はつくものの、隧道の中にあるとかそういうわけではなく、離れは大きな酒樽を横倒しにしたような形をしている。
広さもあり、壁も床も温かみのある素焼き煉瓦色の落ち着ける空間になっている。
離れに入ると、シャルリアンテが猫と子豚と仙人掌に絡まれながら、まあまあ疲れた様子で待ち構えていた。
エセンの貌を見るなりジンシャーとレオンベルガーが走り寄ってきたので、こんなこともあろうかとお持ち帰りしてきた揚げ麺麭を咥えさせてやる。
仙人掌も茎節の先を伸ばしてきたので、食べられるものなのか半信半疑ながら麺麭を渡してやると、節の根元あたりに突っ込んでいた。
なんとなく咀嚼らしき動きをしていて、若干不気味ではあるが、新型仙人掌たちは今回、移動中のビョルクらの護衛やら手薄になるラハーレ邸の防犯係やらと大活躍なので、多少の気持ち悪さくらいは多めに見てやるべきだろう。
ポヴランがこほんと咳払いをして、簡易映写機を起動させた。
待つほどもなく通信が繋がり、首都に残っているオードが映し出されると、挨拶も前置きもなく本題に入る。
「ソヘラ市からの連絡が入った。市に隣接するいくつかの村で、流行り病の兆候が見られているそうだ」
皆がはっと息を呑んだ。
いま彼らがいる場所からソヘラ市までは、車で一時間もかからない。
「ポラン、権限を預ける。状況確認及び必要に応じた措置をとれ」
頷いたポランがすぐさま身を翻し、部屋を出ていった。
「ーーー他にも、火山の活性化や小規模地震、国境付近の小競り合いなども各地で急激に増加している」
「どうして、こんな急に、」
「魂の巡りを司る仕組みに不具合が出ていることと、無関係ではなかろうよ」
大人たちは皆うすうす察していたのだろう、大きな驚きを見せる者はなく、映写幕に映るオードを食い入るように見ている。
子どもたちは意味を正確に理解はできないまでも、ただならぬ空気を察してか不安そうに肩を寄せ合っていた。
「少し前にポランが駆り出されていた流行り病は、その走りだろう」
曰く、古大陸技術の粋を極めた情報管理機構が、七つの世界間での魂の移動を調和がとれるよう統制していたのだが、そこに不具合が発生したことにより、航る魂の数や質に大きな差が生じ始めた。
不均衡は世界に歪みを生み、天災や人心の荒廃をもたらす。
古大陸の人々は、他の世界とも連携をとる何らかの手段を持っていたのだろう。
あるいは、世界を超えた連携によって初めて為し得た奇跡の機構なのかもしれない。
と云うのも、この機構には明らかに複数の言語が使われているのだ。
「おそらく異なる世界の言語がいくつも使われている。すでに各地で問題が勃発していることからして、我々に残された時間はとても少ない。通常の解読方法では間に合わせることは不可能だ」
映写幕越しに、オードがエセンの方へ視線を投げた。
「他に手段がない。エセン、やってくれるか。諸問題をこちらでできる限り抑え込んでいる間にお前が言語を解読し、それを元にラハーレが機構を組み直す」
皆がエセンを見ていた。
それを受けて、彼女の双眸が力強い金琥珀に輝く。
「もちろん、やれるだけやってやるわよ。このエセンちゃんにまかせなさい!」




