第18曲 髑髏印と人工知能
「廻りの順序は原則としてランダムであるが、向かうべき世界からの引力に逆らい、立ち止まったり別方向へ向かったりする者もいる。その数または質量が多くなるほど、世界に歪みが生じやすくなる。それを調整するために生まれたのが、当システムである」
ほの青い光に満たされた小部屋で、巨大な映写幕に情報を呼び出し、エセンが片っ端から解読している。
横でヨンカが聞こえたままに書き取り、時折エセンに言葉の意味を確認しながらラハーレが端末に何かを入力していく。
「ん?ここの文脈、何かおかしい……?誰かが書き換えた?」
エセンが頸を捻りながら、何か考え込んでいる。
「ーーー七種のプログラミング言語は、互いの権限を阻害しない。互いに干渉し合うことが前提となるシステムの、世界間での独立性を保つため……」
護衛を兼ねて近くで見守るシャンスは、首都のオードと通信を繋ぎ、状況を伝えたり、エセンとラハーレが行き詰まった時に指示を仰いだりしている。
「何を云ってるんだかぜんぜん判らないんだけど、これ、オードは理解できるの…?」
「お前よりはな。評議会第一席のみに引き継がれる膨大な知識と、まぁちょっとした裏技がある。それでも、あのふたりと同じことをやってのけるのはまず無理だな」
オードはオードで、映写機の前でこちらと通信しながら、合間で行政区画の職員から報告を受けたり指示を出したりしている。
「だって、まるで知らない文字を読むとか、その知らない文字で書かれたシステム?コード?を書き換えるとか、人間離れしすぎてるわよ〜」
「エセンの母親は、古大陸の生き残りと云われる古い巫覡の一族出身だからな。古大陸の秘技とやらを、それと知らずに血で繋いできたのかもしれん」
彼らのいる小部屋は、神殿の地下三階にある。
奥には広大な空間があり、大きな精密機械がずらりと並んでいた。
それら精密機械による機構を動かしている、いわば頭脳にあたるのが、手前の小部屋である。
エセンとラハーレが此処に籠り出して三日。
今回の問題に関わりがありそうな箇所に絞って解読と修正をかけているが、この分野にかけては素人のシャンスからすれば気の遠くなるような作業だ。
いまエセンがとりかかっている部分はおそらく他世界の言語と思われ、彼女によれば「暗号化されてない分、古大陸文字より楽」とのことである。
「それにしても、三日でここまで解読できるなら、もっと早く手をつけておけばよかったじゃない?」
「そう簡単にいくなら苦労せんわ!航りの機構に何かあれば世界が崩壊しかねん。この部屋は本来、未成年は入室を許可されない。しかも監視つきで一時間だけの閲覧に、評議会の許可と行政長の同意が必要ときてる。今回は特例中の特例なんだぞ。緊急事態であることと、エセンが婚姻により準成人となっていることを理由に、無理やり通したんだ」
行政府は、評議会とは互いに権力の行使を抑制し合う関係にはあるが、現在の行政長は物の道理が判らぬ人ではない。
この三日、ビョルクとテンは宿の部屋におり、ベケルやポヴランが面倒を見てくれている。
退屈しないかと大人たちは心配したが、この緊迫した状況を子どもたちなりに慮っているようで、ジンシャーやレオンベルガーを相手に大人しく遊んでいるという。
地下神殿は警備がかなり厳重で武器などの持ち込みが制限されており、今のところ襲撃などもないようだ。
「ポランの方はどうなってるの?」
「ソヘラ市長は優秀だからな。確証はなくとも可能性があるというだけで即座に連絡を寄越してくれたので、助かった。ポランも、新種の病ではなさそうなので収束に向かうだろうと」
ぽーん、と状況に似合わぬ能天気な音がして、何かしらの操作を求めるような一文が映写幕上に表示された。
と同時に、思考の海に潜っていたエセンの意識が戻ってくる。
「つまり、人工知能を起こさなきゃいけないんだわ」
それまで隅で大人しくしていたジンシャーが、映写幕の横に設置された操作盤に近づいた。
肉球のついた手をおもむろに伸ばし、
「あっ、」
髑髏の印がついた釦をぽちりと押した。
好奇心から押そうとしたエセンを、何が起きるか判らないからと皆が止めた釦である。
映写幕に映し出されていた文字列が消え、女性とも男性ともつかない人の姿が浮かび上がってきた。
「非常用コントロールシステム、個体識別名として『マリアロ』という通称で呼ばれています。私を起こしたのはあなたですね」
高くもなく低くもない聲が、淡々と告げる。
鉛色の感情の見えない瞳がジンシャーを見た。
それを受けたジンシャーが喉をくるると鳴らして、エセンの膝に乗った。
「私はエセン。友だちが世界を渡れなくて、狭間の空間に閉じ込められてるの。ねえマリアロ、教えて。誰がシステムの一部を書き換えたの?」
マリアロは小頸を傾げて、エセンの後ろに目線をやった。
「其処にいる男性は、西大陸の王族の血を引いていますね?遺伝子配列に見覚えがあります。航りをコントロールするコードを書き換えたのは、彼のごく近しい親族です」
予感があったのか、それとも知っていたのか、断罪を待つ者の表情で、ラハーレがマリアロを見つめ返していた。
現代地球のシステムとか人工知能とは、似て非なる別物です…。




