第15曲 狸とひよこのまつろわぬ円舞曲
倉庫こと地下神殿の近くまで特急列車を使えば一日とかからないが、現地での移動を考えると車が便利である。
砂漠地帯の幹線道路を車で縦断するとなれば、太陽の照りつける日中を避けたいところで、そうするとゆうに二日はかかる。
途中、一泊というか日中仮眠をとるための宿は予約してある。
『木苺と鶫亭』という、家庭的な雰囲気の清潔な宿で、何より食事が美味しい。
特に、食後の甘味として追加注文できる木苺の包み焼きは絶品で、エセンのお気に入りである。
そんな定宿を目前にした早朝、彼らは現れた。
水場での小休憩のため車から降りていたエセンたち一行を、五人組の男たちが取り囲んだのだ。
特徴の薄い容貌、雑踏に紛れられる身なり。
それなりに荒事に慣れていそうではあるが、統率はとれており、粗野な印象はない。
明らかに、行きずりの物盗りとは雰囲気が異なっている。
エセンが異変に気づいた時にはすでに、シャルリアンテ、ポランの二人が戦闘態勢に入っており、シャンスが暗器のようなものを手にしていた。
こういう場面で自分が役に立たないどころか、足手まといにしかならないことを知っているエセンは、ラハーレとシャンスのそばで大人しくしていた。
自他ともに認める運動音痴のため、ろくな戦闘能力は持たないが、場数だけはそれなりに踏んでいる。
隣のラハーレは一応、自分の身くらいは守れるらしいが、いまだかつて戦っているところは見たことがないので、エセンとしては少しばかり疑わしく思っている。
男たちに殺意は感じられず、何かを探すような仕草を見せている。
探しものが見当たらないのか車中をしきりに気にしていた。
(いない、連れてきていないのか)
(車の中は見たのか?)
(いないようだ)
(いったん引くか)
交戦の合間に囁き交わしながら、さほど時間をかけず、男たちは波が引くように去って行った。
小競り合い程度では暴れ足りなかったのか、シャルリアンテとポランはいささか残念そうだ。
「ふぅん、ビョルクを探してるのね」
「そのようだな」
ビョルクはこのあと、特急列車で合流予定であるが、こんなこともあろうかとお守りをがっちり固めてあるので、あの男たちと鉢合わせたとしても、まず心配はいらないだろう。
「やっぱり狸親父が暗躍してるみたいね」
エセンは琥珀の瞳に怒りの星を宿らせた。
ビョルクを王子一行から追い出したのは、ターユという十代の少年で、ドミナン王子の息子クヘル小王子の乳兄弟である。
ビョルクがクヘルを助けたことで、両者の距離が縮まり、己の立場が揺らぐことを恐れたのではと思われる。
さらには、狸親父バルミレンがターユをけしかけ、手勢を貸してまでビョルクに危害を加えさせようと動いている。
現在ビョルクはラハーレの庇護下にあるので、ビョルクに何かあればそれを足がかりにラハーレの管理責任を問おうというのだろう。
少なくとも先日ビョルクを誘い出そうとした一件にバルミレンが関与していることは、グレカディオの情報を元にラハーレが裏取りまで済ませている。
たかだか他國の小王子のしかも乳兄弟の立場で、この國のなかで先ほどのような襲撃事件を起こす力があるとは考えにくいので、あれもバルミレンが絡んでいるのだろう。
「こういうやり方好きじゃないわ。絶対にあいつの思い通りになんか、させないんだから!」
両腰に手を当て、鼻息も荒くエセンは宣言した。
再び箱型車に乗り込んだ面々は砂漠地帯の中ほどにある小さな町を目指し、予定していた今夜の宿へ無事に辿り着くことができたのだが、其処に少しばかり面倒な伏兵が待ち構えていた。
エセンたちは特段の隠密行動をとっているわけではなし、大人数での移動となればいずれにしろ情報は漏れるもの。
先ほどの男たちも、ラハーレ邸の動きを見張るか何かして時機を見計らったのだろうから、そこから現在地が割り出されるのはやむを得ないことではあるが。
「まぁ!ここでお会いできるなんて、運命に違いないわ」
巻貝頭のカティージア嬢である。
「運命とは…?」
「運命どころか宿命的に見込みのないつきまとい行為ではあるわね」
「宿命とか信じるたちでしたっけ?」
「少なくともあのお嬢さんとラハーレじゃあ、総合的に見て万に一つも可能性はないでしょうよ」
「てか、おっさんは何をしたいんですかね」
「狸はひよこを野放しで育てすぎて、今になって制御が効かずに困ってるんじゃないかしら」
ポランとシャンスがひそひそ話している。
ひよこ色の巻貝頭に耳が隠れているので、なんだか聴き取りづらそうに見えるが、ポランたちの会話が聞こえたのか、妙に艶々しい額に心なしか青筋が立っているようだ。
「ご相談がありまして。今宵、露台で御酒でも召されませんこと?」
妙に貴族的な勿体ぶった云い回しをするお嬢さんである。
評議会員は単に國民の代弁者という立場であり、ラハーレ自身は特権階級でも何でもないのだが。
「個人的な相談は受け付けていない。秘書を通してくれ」
またもや背後で囁き交わすポランとシャンス。
「ラハーレに秘書はいなかったはずですが、」
「それってもはや、『おまえの相談なんか受ける気ねーよ』って云ってるのと同じよねぇ」
「そもそも夜まで此処にいる予定ないですし」
しかしカティージアは強かに、ふたりのささやきをむしろ利用してたたみかけた。
「あら、秘書がいらっしゃらないんですのね。私、お役に立てると思いますわ」
「学院で赤点補講組の常連だった君がか?冗談は成績だけにしてくれ」
「赤点の常連で秘書希望って、なんの冗談?」
「冗談みたいな成績って、逆にすごい……!」
「外野はお黙り!」
「めげない精神力ってすごい!」
やや的外れな感心をするエセンは、ただいま宿名物である木苺の包み焼きを堪能中だ。
何層にも重なった薄皮は牛酪の風味が豊かで、中の木苺は甘酸っぱく煮込んである。
温かいうちに頬張るのが通である、とエセンは常々熱弁している。
脚元には、出発時にはいなかったのにいつの間にか追いついていたジンシャーと、何故か子豚のレオンベルガーまでがおり、我も我もとおやつを強請っている。
「平和ね〜」
「ラハーレ以外はですけどね」
巻貝嬢に絡まれた上、妻には嫉妬もされず、表情はうすいながらも、そこはかとない哀愁を漂わせるラハーレである。
安全運転の騎士シャルリアンテが、慰めるように控えめな仕草で親指を立てて見せた。




