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第12曲 蝶の言伝

同じ青系統の瞳と云ってもドミナン王子やビョルクは水色に近い明るい青だが、幼い少年の瞳はまさにモナを彷彿とさせる深い碧瑠璃であり、エセンの中に眠っていた何かを騒めかせた。


「お名前は?」

少年は頸を傾げる。

何処から来たのか、父親は、母親は、年齢は。

何を聞いても少年は困ったような表情をするばかり。


もう遅い時間になるのでビョルクは先に寝かせ、少年にはもう少しだけと問いを重ねるうちにようやく判ってきた。

どうやらこちらの言葉を理解していない様子だと。


耳は聞こえているようだし、何となくだが知能に問題がありそうには見えないので、言語のまったく異なる異國の子どもなのかもしれない。


電話をかけに行っていたラハーレが戻ってきた。

今でも細々と交流のあるモナの父親ティルポルに、それとなく心当たりがないか尋ねてみたらしい。


結果として、確認できる範囲の身内に特徴の一致する子どもはいないが、モナに似た行き場のない子どもがいるのであれば、引き取りたいとも云っていたようだ。


モナは一人娘であったから、商家の跡継ぎには甥っ子を当て込んでおり、能力や関係性に大きな問題はないはずだったが、やはりなくした我が子のよすがとなるものがほしいのだろう。

もっとも、そのあたりはあくまでも、少年に帰る舎がないことが明確になってからではあるが。


どうしたものか、と思案するエセンの足許を、ととととっ、と軽快に通っていったものがある。

古代猫のジンシャーである。


続けて少年の横も華麗にすり抜けようとした彼女であるが、ふと、ん?と怪訝そうな表情で少年を見た。


じぃー、と音がしそうなほどとっくりと見つめたのち、やけに人間くさいため息をひとつつくと、ジンシャーは少年の脛あたりに額を押しつけた。


「あっ、」


周囲が慌ててももう手遅れである。

少年の体はうす青い靄のようなものに包まれ、やがてそれは碧瑠璃の色をした儚い翅の形をとって浮かび上がった。

翅ははばたくような動きを見せながら、虚空へ溶けるように消えた。


驚きに見開かれた少年の瞳は、鳶色に変化していた。


「あ、あのね、ぼくね、テンなの。よんさいなの。おかあしゃ、しんじゃたの。むらのおじじの、いえにいたけど、きもちわるいこだからて、すてられたの。ときどき、しゃべれないひと、でてきて、こどもなのに、おとなみたいで、きもちわるいて。すてられて、そしたらあおいちょうちょが、こちだよて、おおきいまちにつれてきてくれたの。それでね、んとね、」

「………実はめちゃくちゃおしゃべり?」


先ほどまでの沈黙はどこへやら、堰を切ったように話し始める少年。


エセンとヨンカが代わるがわる質問を投げかけ、時折ラハーレが確認するように言葉を差し挟み、なんとか聞き出したところによると。


テンには生まれる直前の記憶が少しだけあった。

別の世界から来た少年は、狭間の空間で青い目の少女に出会った。


少女はテンがやってきた世界へ行こうとしていたが、うまく渡れず其処に留まっていた。

狭間の空間にはそういう人たちがたくさんいた。


テンが、元々少女のいた世界へ向かうことを知ると、少女は青い蝶を託してくれた。

道標になるはずと云って。


そして赤子として生を享けたテンは、ものごころついた頃から狭間の空間での記憶があった。

さらには時折、誰も知らない言葉で話し始めることがあり、そういうときはまるで成熟した大人のように見えるようだが、その間の記憶はテンにはうっすらとしか残っていない。


母子家庭で育ち、母親からは愛情を与えられていたようだが、つい先ごろ母親が亡くなって村おさの家に引き取られると、気持ちの悪い子どもだと云われ、捨てられた。


当てもなくとぼとぼと歩いていると、気づけば青い蝶が近くを飛んでいた。

ついていくと大きな街に出て、ビョルクたちが遊んでいるところに行き合い、遊びに誘われた。


ここまで聞き出したところで月もだいぶ高く上がっていたため、ヨンカに頼んでテンを寝かしつけてもらった。


翌朝、つまり今日の朝になって、もう一度話を聞こうとすると、すでにテンは狭間の記憶も蝶のことも忘れていた。


「気は進まないが、評議会に報告せざるを得ないな」


長い黒髪を鬱陶しそうにかきあげながら、ラハーレは深く嘆息した。


「モナが、待ってる。行かなくちゃ」


鋼琴を弾く手を止めて、エセンは琥珀の瞳に決意を宿らせた。


その手に、ラハーレが大きな手のひらを重ねる。


「ひとりで行かなくていい。みんながいる。一緒に解決しよう」


真剣に云い聞かせるラハーレに、エセンは大きく頷いた。

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