第11曲 『けいそら』と見知らぬ子ども
首都クープの夜は、音楽と雑多なざわめきに彩られている。
深更。
街のざわめきを遠く聴きながら、彼女はほろほろと鍵盤の上に指をあそばせていた。
閑かすぎる夜はあの森を彷彿とさせるから、程よくうるさい街の喧騒はエセンにとってちょうど良かった。
モナが裕福な商家のお嬢さんだったことを知ったのは、彼女が旅立ってだいぶ経ってからのことだった。
ニニテの森を出て家へ帰る途中、両親と研究所が合同で出した捜索隊に確保されたエセンは、ひとまず研究所へ連行され、お歴々にしこたま怒られた。
「おばば、泣いてる」
わりと一言多いエセンは、このときも余計なことを云って、実は涙もろいベケルにどやされた。
少しだけ安堵したような表情の両親は、無事で良かったとだけ告げた。
多少は子を心配するような親心があったのかとエセンは意外に思ったが、あるいは世間体を慮っただけかもしれない。
エセンは詳しい身の上をモナに語らなかったので、首都に住むそれなりの家の子ども、くらいの情報しかなかったのだろう。
明るい色の髪はさほど多くないとは云え、首都には移民もいるから目印としては少し弱い。
ただ、翁や庵の話はしていたので、そこを手がかりにラハーレ経由でその人は連絡してきた。
探し出すのにだいぶ時間がかかってしまって、とモナの父ティルポルはちいさく微咲んだ。
「間に合わなかった不甲斐ない父親の代わりに、最期までそばにいてくれてありがとう。娘が君を、唯一の友人だと。君に渡してほしいと家政婦に云い遺していてね。娘の気持ちなので、何も云わずに受け取ってくれれば嬉しい」
友人への形見分けにしては大きすぎる代物を置いて、父親は言葉少なに帰って行った。
それはいまも、エセンの部屋の真ん中にある。
余談だが、あのときの縁がもとで、その後ラハーレが事業を立ち上げる際、話を聞きつけたティルポルが自分から声をかけてきて、ずいぶんと力になってくれたそうである。
娘の想いを繋いでくれた君にも感謝を、と云って。
「猫とか拾うとね、」
鋼琴を鳴らしながら、エセンがぼやくような調子で独り言ちた。
「なんかいつの間にか仲間とか子どもとか、連れてきたりするじゃない?あんな感じ」
「それを云うなら、エセンさんを保護したラハーレさんが大元締めですからね。エセンさんのせいばかりではありませんよ」
「大元締め…」
「ねずみ講のような云い方はやめてくれないか」
非難がましいラハーレの視線を、ヨンカは涼しい表情で受け流した。
ビョルクがラハーレの館にやってきてから、十日あまり。
昨日、エセンとラハーレが仕事から戻ると、館の住人がひとり増えていた。
十二番街から出ないことを条件にではあるが、ここ数日でビョルクは館の外へ遊びに出ることが増えていた。
本人は知らないだろうが、どこぞの第十七王子がこっそりお目付け役をつけているので、ある程度は自由にさせて構わないと云われている。
地頭が良く統率力もあるが、無駄に偉ぶったりもしないので、ビョルクは様々な遊びを考案したり、既存の遊びをさらに面白く改良したりして、瞬く間に近所の子どもたちの頭目にのし上がっていた。
ビョルクによれば、朝も早くから就学前の子どもたちと『けいそら』をして遊んでいたところ、いつの間にか見覚えのない年端もゆかぬ少年が混じっていたのだと云う。
『けいそら』とは「警邏と空色木綿」の略であり、警邏組が空色木綿組を捕まえるか、空色木綿組が逃げ切るかを競う遊びだ。
空色木綿生地の手巾をねだられ、まだまだ遠慮がちなビョルクからの初めてのお願いに、エセンは張り切って三百枚を買い与えて彼を困惑させた。
研究所副所長が聞いたらきっと、滂沱の泪が止まらなくなること請け合いである。
人の流出入の多い首都のこと、街の子どもたちの貌ぶれは日々変わりゆくものであるから、他の子どもたちも特におかしなこととは思わずに、少年の存在を受け入れていた。
しかし日が高くなるにつれ、子どもたちは昼食と午睡のため三々五々家に帰り始め、最後にぽつりと見知らぬ少年が残ったのだという。
舎どこかと聞くと、少年は頸を横に振り、帰らないのかと聞くと、やはり横に振る。
仕方なく館まで連れ帰ってきたと云う。
少年の瞳は、夢見るようにうつくしい碧瑠璃色をしていた。




