売れてやる
夕食の時間、小松家のテレビでは芸人が騒いでいた。
父は焼き魚をほぐしながらスマホを見ている。母は仕事の愚痴を話し、澪は黙ったまま味噌汁をすすっていた。
テーブルの端には、学校帰りに買った文庫本が置かれている。
それを見た父が、ふっと鼻で笑った。
「また本か」
澪は返事をしない。
「飽きないな、お前。そんな読んで何になるんだよ」
母も苦笑する。
「ほんと。勉強の本ならまだしもねえ」
澪は箸を止めた。
言い返そうと思えば言えた。
けれど、言葉にした瞬間、全部軽くなる気がした。
だから黙る。
父は気にせず続ける。
「うちの会社にもいたぞ。小説家志望とか言ってるやつ。三十過ぎてもフリーターでさ」
「夢見るのは学生までよねえ…」
二人は澪を傷つけようとしているわけではない。
本気で“現実的な助言”をしているつもりなのだ。
だから余計に腹が立つ。
澪は無言でご飯を口に押し込んだ。
「……別に、小説家になりたいなんて言ってないし」
「ならいいけど」
父は軽く笑う。
「でも趣味にしとけよ。そういうのは。現実見ないとな」
現実。
その言葉が嫌いだった。
現実を見た結果が、この家なのか。
毎日同じ時間に帰ってきて、同じテレビを見て、同じ愚痴を言って、同じように歳を取っていく。
それのどこが正しい。
澪は黙ったまま食器を流しに置いた。
「ごちそうさま」
「あ、澪。食べ終わったなら風呂掃除――」
母の声を聞かず、自室のドアを閉める。
薄い壁の向こうからテレビの笑い声が響く。
机の上にはノートパソコン。
横には付箋だらけのライトノベル。
投稿サイトのランキング画面が開いたままだった。
一位作品のPV数。
書籍化告知。
コミカライズ。
アニメ化決定。
その文字を、澪はじっと見る。
「……見てろ」
小さく呟く。
「絶対、有名になってやる」
親も。
学校の連中も。
SNSで上から説教してきた連中も。
全員。
「売れてやるから」
キーボードを開く。
プロットノートには、売れた作品の分析がびっしり並んでいた。
『一話目でヒロイン投入』 『説明は会話で処理』 『タイトルは長く』 『一万字ごとに引き』 『アニメ映えする能力』
研究した。
読み込んだ。
分析した。
どんな展開がウケるのか。
どんなキャラが人気なのか。
どんなセリフが拡散されるのか。
全部。
全部調べた。
なのにランキングは伸びない。
コメント欄には、
『どこかで見た感じ』
『上手いけど印象に残らない』
『キャラがテンプレ』
そんな言葉ばかり並ぶ。
「うるさい……」
澪は画面を睨んだ。
「だったら売れる方法教えろよ……」
悔しくて、情けなくて、腹が立つ。
それでもパソコンは閉じない。
閉じたら終わる気がした。
小説を書くのをやめた瞬間、自分は本当に何もない人間になる。
だから書く。
認められるまで。
見返せるまで。
自分が間違ってなかったと証明できるまで。
澪は深夜を過ぎても、キーボードを叩き続けていた。




