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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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女装男子への頼み事

 鳴り響いた着信音が、二人きりの世界から索理たちを現実へと引き戻した。静まり返ったかのように聴覚から除外されていた喧騒が帰って来る。


 藍は顔をしかめながらも、ハンドバッグの中から携帯を探り当てた。


「なんなの、大事な話してるのに……あれ、横野くんだ」


 着信相手の名前を見るなり、藍の目が丸くなった。


「連絡先知ってるんだ?」


「プールの時に待ち合わせるのに必要かなって……でもなんだろ。用事とかあったっけ……」


「とりあえず出てみたら?」


「う、うん」


 索理が促すままに応答ボタンを押すと、間を置かずに奏士の露骨に焦った声が電話越しに聞こえてくる。


『いきなりごめん、夕木くんと一緒だったりするかな。大事な頼み事があるんだけれど』


「え? サク? 一緒に学園祭回ってたところだけど……」


 スピーカーにするまでもなく、索理の耳にまで届くような大声だった。


『今どこにいる? 可能なら演劇部の部室に来てくれないか。織部さんも一緒でも構わないけれど、用があるのは夕木くんの方だ』


 彼にしては珍しく、その物言いからは柔らかな物腰が失われている。本気で平静を失っているらしい彼の背後で、何やら会議中のような声も聞こえる。


「なんだろ、とりあえず行ってみた方がいいんじゃない?」


「やだよ、どうせロクなことじゃないだろうし」


『そこをなんとか頼む。夕木くんにしか頼めない、他の誰にもできないことなんだ』


 はっきりと断言する奏士に、索理たちは顔を見合わせるほかなかった。




 演劇部の部室は、部室棟の一階にある。小道具や背景類を運び出すのに上階は都合が悪い、というのが理由らしい。こちらは一般開放されるわけではないので学園祭仕様ではないが、部活に所属したことのない索理にとっては新鮮な景色だった。


 ライブステージが控えているらしい軽音楽部が練習している音が聞こえてくる。他にもステージで使用する道具を運び出したり、発表を終えたらしい部活が荷物を運びこんだりと、思いのほか出入りが激しいらしく、下駄箱へと続くドアは解放されていた。


 索理たちが部室棟に近付いていくと、会議に参加しながらもちらちらと外の様子を気にしていたらしい奏士が窓を開け、身を乗り出しながらこちらに大きく手を振ってきた。


「来てくれてありがとう、今迎えに行くから」


 窓の向こうから奏士の姿が消える。程なくして下駄箱へと回り込んできた奏士は、二人分のスリッパを手にしていた。


「説明する前に部室に行こうか。そのほうが話も早いと思う」


 奏士の背中を追いかける形で、ゴスロリには全くマッチしていない来客用のスリッパで歩く索理。その足取りは重い。


 演劇部というと、索理が実行委員として背景のイラストを手伝っていた過去がある。逆に言えばそれくらいしか関わりを持った覚えがない。


 索理が担当した部分に不備があったのだろうか。それとも何か別の問題が──

 部室に入ると、十人ほどの部員が円形を作って顔を突き合わせていた。ほとんどが起立している中、一際目立つ青と黄色のドレスを着た一人の女子生徒が俯きながら椅子に座っている。


「もう終わりだわ……」


 女子生徒の目から涙がこぼれ、膝の上で握りしめた拳へと落ちる。


「ごめんなさい、私がやりすぎちゃったせいで……ゲホっゴホっ」


 その声色はガサついている。話すだけでも厳しそうだ。別の女子部員が彼女の丸まった背中を優しくさする。


「……なにがあったの?」


「主役の先輩が出演できなそうなんだ」


 奏士がそう言葉にすると、ドレス姿の女子生徒の顔が更に沈み込む。


「三年の先輩で、今回が演劇部最後の活動になるはずだったんだ。今日のステージが終わったら引退になる。それもあって、昨日遅くまで練習に打ち込んでいたらしいんだけれど……」


「……そのせいで喉を壊しちゃったってこと?」


「残念ながらその通り。加えて、その練習中に足もくじいてしまったらしい。あと二時間でステージに立てるような状態まで持っていくのは難しいだろう」


 あと二時間。ドレスの女子生徒や奏士をはじめ、演劇部員は既にそれぞれ個性的な衣装に身を包んでいる。本来ならば演技の最終確認や小道具の微修正を行うであろう時間を、彼らは絶望の中で過ごしているらしかった。


「どうすんだよ、主役がいなきゃ成り立たねーだろ! 台詞のない役ならまだよかったが、白雪姫だぞ、それもミュージカル仕様の!」


「セリフもつまってるし歌わなきゃならんパートもあるよな……」


「代役立てるにしたって、うちは部員不足だから全員役割振ってるもんねぇ……照明とか大道具の人数減らすわけにもいかないし」


 円形の中心に吹き荒れるネガティブの渦。その全てを一身に請け負うしかない女子生徒は、いよいよ顔を上げられない。しゃくりあげるような嗚咽すらも聞こえ始めた。


「落ち着いてください。そんな話をしても先輩を傷つけるだけです」


「あーあー、奏士はいいよなぁ。まだ一年だし、来年があるもんな。だが三年はこれが最後のステージになる。こんな形でぶち壊しになるとは思ってなかったがな」


「そういう言い方はやめてください、まだ全てが終わったわけじゃありません──俺は、彼に懸けるつもりです」


 そう言い切って、奏士は索理の方を示した。


「彼……?」


 隣に立つ藍との間で、部員たちの視線が彷徨う。ゴスロリとウェディングドレスを着た二人を指して『彼』と言われても、索理のことを知るはずもない演劇部員たちは困惑の一色に染まりきった。


 だが索理はそれ以上に困惑していた。


(懸ける? ボクに? 何を?)


 嫌な予感がする。担当した背景がどうとか、ここに来るまでに渦巻いていた不安はもうどこかへ飛んでいってしまった。あるのはただ一つ、奏士の言っている意味が分からない、という混乱だけ。


 奏士が話し合いの輪に背を向け、索理を真っすぐに見つめてくる。かと思えば、綺麗な九十度に腰を折った。


「頼む。演劇部のみんなのために、先輩の代わりに白雪姫役をやってくれないかな」

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