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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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地雷メイクは壁になる

 夕木姉妹によくわからない理由で連行されたあたしは、物陰に隠れて夕木と織部の動向を伺っていた。


 二人の強引な言い訳に利用された撮影会は行われることすらなく、それどころか廊下の角を曲がるなり身を翻す、という露骨な動きを見せた。似合っているだのクオリティが高いだのという台詞がおべんちゃらであることは察しがついていたけれども、流石に一枚くらいは撮影されることになるのかもしれない、と考えていたあたしは拍子抜けすることになった。


「って、なんであたしまでコソコソしなきゃなんねーんだ」


「それもこれも、藍ちゃんと索理くんをくっつけるため! ……あ、一応確認しておくけど、未有ちゃんは索理くんラブ、ってわけじゃないんだよね?」


「……そのあたりは、めぐりが確認済み」


 ブイサインを突き出してくる夕木妹。そういえば衣装を選んだ時にそんな話をした気もする。雑談の類だと思って深く考えていなかったが、夕木妹的には立派な敵状調査だったらしい。


「よかったぁ。もし未有ちゃんの邪魔しちゃってたら申し訳ないもんね。まして、こんな風に索理くんと他の女の子がいちゃついてるとこを見せられるだなんて、最悪の気分になっちゃうでしょ」


「人のデート盗み見てる時点で気分はよくねーけど……」


「盗み見てる、とは人聞きが悪いなぁ。わたしたちはあくまで壁なのです」


「壁……?」


「二人きりの時間を邪魔しない、その尊さを無関係な場所から享受するだけの存在ってこと。下手に割って入ったりはやし立てたりしないこと。それだけが壁としての役割よぉ」


「聞いたこともねー謎の文化だな……」


「あっ、ほらほら索理くんたち、スイーツ買えたみたいよお。手も繋いじゃって仲良しねぇ」


 夕木姉が指さす先では、片手を握り合い、もう片手に小麦色の生地にクリームがトッピングされているものを持った二人が、落ち着いて食べられる場所を探して辺りを見回している。


「……あれ、なんだろ。ワッフルみたいだけど、ワッフルじゃない……?」


「クロッフルってやつだろ。ちょうど今流行ってる新作スイーツだな」


「……クロッフル?」


「ワッフルとクロワッサンの合いの子。ワッフルに比べてパリパリした食感がするのが魅力だな。つってもデカいカフェとかに置いてるわけじゃなくて、キッチンカーとかの小さな形態で売り出し始めてるらしいが……学園祭で再現してる連中がいるのか」


 昨今のスイーツ業界は新たなジャンルの開発が盛んにおこなわれている。タピオカミルクティーに始まる怒涛の流れで押し寄せてくる新作スイーツは、バスクチーズケーキ、マカロンを巨大化させたトゥンカロン、マリトッツォ、カヌレと変遷をたどってきている。その間に生ドーナツやパンケーキといったマイナーチェンジが挟まり、アサイーボウルや夕木たちが手にしているクロッフルなど、新進気鋭の連中も控えている。


 まいんちゃんアカウントでもスイーツ好きであることは公表しているので、流行をキャッチしたり珍しいものを発見したりしたフォロワーが、黙っていても新しい情報を提供してくれる。そんなわけであたしのスイーツネットワークは、そこらのスイーツ好きよりもよっぽど広範囲をカバーしている。


「未有ちゃん、地雷メイクだけじゃなくてスイーツにも詳しいのねぇ。実は索理くんもなの。そういうところも気が合いそう」


「まー、メイク教えたお礼にクレープ奢ってもらったりしてたんで。てかあたしも食べたことないんだよなクロッフル……あとで買ってくるか」


 新食感と銘打たれた生地への興味は尽きないが、今出て行こうとしても二人がかりで抑え込まれてしまうだろう。体力のない夕木妹は問題にならないだろうが、もみ合いの拍子に袖などがめくれてしまう可能性もある。日陰から様子を伺っているとはいえ、危険を冒すような真似は控えたいところだ。


「あっ見て見て二人とも! 今いいとこ!」


 ひときわ身を乗り出した鞠理が手招きしてくる。


 誘われるままに見てみれば、夕木の口元に織部の手にしたクロッフルが差し出されているところだった。


「やだ、しかもあれ食べかけじゃなぁい? 藍ちゃん攻めるわねぇ」


「……間接キス。きゃー」


 あたしを置いて盛り上がる二人。


 初めて夕木とクレープを食べに行った時のことを思い出す。あたしは夕木が男であることがすっかり頭から抜けていて、その結果間接キスに繋がるクレープの交換を自分から申し出てしまったわけだが、夕木はその時もそこまで動揺した様子を見せていなかった。幼馴染との食べさせ合い程度で心を揺らがされたりはしないだろう。


 案の定、夕木はためらうことなくかぶりつく。純粋に甘みを楽しんで頬を綻ばせているその表情からは、恥ずかしさを読み取ることはできない。


 きゃぴきゃぴと盛り上がっている姉妹。人の恋路がそんなに面白いものだろうか。


 あたしはスマホを取り出し、遠巻きにクロッフルの屋台を拡大して撮影する。何枚か撮った中から角度のいいものを選び、背景と通行人の顔にぼかしを入れておく。あとでSNSへ投稿するときに、スイーツ本体と並べるつもりだ。


 他にも目ぼしいものはないか、と視線を巡らせる。すると人混みの間で妙な動きをしている人物が目に留まった。それが見知った顔であったことも要因の一つかもしれない。


「原村……?」


 彼女は首から下げたカメラを手に奔走している。彼女は実行委員の中でも記録を残すための撮影係として活動しているらしい。


 ゆえにカメラを構えていること自体は不自然じゃない。ただ、原村はなぜか、屋台やそこに集まる人々といったわかりやすい被写体に背を向けている。


「なにしてんだあいつ……?」


 何かから身を隠すように、小さな体躯を集団に紛れ込ませつつ、原村は何度かシャッターを切る。その数回で満足したのか、原村はそそくさとその場を立ち去っていった──

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