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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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幼馴染とバージンロード

 あっという間に藍以外の全員がどこかへ行ってしまった。特に真宵や未有は強制的に連行されているようにも見えたが、互いに知っている人物と一緒なので問題はなさそうだ。


「……鞠理さんたちったら急すぎだよ……全然心の準備とかできてないし、なんなら朝の時点で二人きりとか諦めてたし……!」


 残った藍はといえば、完全に自分の世界に入り込んでしまっていた。とはいえ彼女と行動を共にすることは索理にとっても大前提だ。


「藍?」


 普通に呼びかけても反応がない。何度か呼びかけても結果は変わらず、索理は藍の耳元に口を近づけてみる。


「あーいっ」


「ひゃっ!?」


 身体をびくりと震わせ、藍がその場で飛び上がった。その拍子にドレスの裾を踏んずけていたらしく、大きく前につんのめる。肩を支えて手助けすると、藍はバランスを取り戻すなり、索理が囁いた方の耳を押さえて後ずさった。


「な、なに!?」


「いや、何回呼んでも反応しないから……というかびっくりしすぎじゃない?」


「いきなり耳元で囁かれたら誰でもびっくりするよ!」


「それは藍が呼びかけても無反応だったから……」


 むしろ驚いた時の反応に驚かされたのはこちらのほうなのだが、藍はなぜか強張った表情で真剣に抗議している。理由は不明だが、これ以上つついても藪蛇かもしれない。


「ま、いっか。二人だけになっちゃったけど、ひとまずスイーツ屋さんに行こうよ。早く行かないとなくなっちゃうかも」


「そ、そうだね! 甘いのなにがあるかなぁ、楽しみだなぁ!」


 索理の提案に、藍はあたふたと落ち着きのない様子を見せつつ、赤くなった頬を両手でぱたぱたと仰いでいる。髪を覆うベールが小さく揺れた。


(なんか、可愛い……?)


 こんなにも余裕のなさそうな藍を見るのは、長い付き合いの中でも初めてかもしれない。索理の行いに目くじらを立てることこそあれ、こうして焦っている姿を見るのは新鮮だった。


 事前に配られていたパンフレットを取り出す。火を使うタイプの出店は屋外限定で、索理が狙っている甘味のほとんどはグラウンド前の一角に集まっていた。他にも焼きそばなどのテンプレートなラインナップも並んでいる。今のところ食指は動かないが、口直しにはちょうどいいかもしれない。


 ひとまず下駄箱に向かって歩き出した索理を、藍が呼び止めた。


「ええとね、あのね、サク!」


「うん?」


 上ずった声に反応すると、真っ赤な顔を伏せた藍が隣から手を差し出していた。

「人多くてはぐれちゃいそうだし、わたしのドレス長くて転んじゃうかもしれないし……だから、手、繋いでてほしい……っていうか」


「それで言うと、ボクもヒールだからそこまで助けられるわけじゃないよ?」


「じゃあ助け合いってことでっ」


 返事を待たず、藍が強引に索理の手を取り、そのまま勢いに任せて足を踏み出す。いきなり引っ張られて転びかけながらも、数歩で立て直して藍の隣に並んだ。

 そうして少しの間歩いて、索理はある違和感を抱いた。


 一般客を含め、いつもよりずっと多くの人間が行き来している廊下。決して広い幅があるとは言えないそこを、索理たちは横に並んで歩いている。


 普通ならば人を避けるために進行方向を変えたり、渋滞を前に立ち止まったりするはずだ。それなのに、索理たちはドがつくほどの真ん中を、まるで自分たちのためだけに用意された道であるかのように闊歩していく。


 ──違う。人混みの方が索理たちに気付き、自ら避けているのだ。


 通行人が見ているのは藍だ。明らかに目立つウェディングドレスを纏う彼女を視認するなり、誰もが邪魔者にならないようにと端へと捌けていく。気づいていない人の袖を引いてまでスペースを空けてくれる人もいる。


 そうして避けていった人々は、慣れないドレスと靴に難儀しながらゆっくりと進んでいく索理たちに注目している。何かのイベントだと思われているのかもしれない。

 ウェディングドレス姿の女性が道を歩いていくイベントなど、索理の脳裏にはひとつしか思い浮かばない。そう、それは──


「──バージンロードみたい」


「っ」


 索理が考えていたのと全く同じ台詞が藍の口から飛び出す。


 思わず藍の顔を見る。藍には言葉を口にした自覚すらないらしく、まるで信じられないほど幸せな夢の中にいるように、見開かれた瞳を輝かせていた。


 彼女が花嫁ならば、手を繋いでいる自分の役は何なのか。言うまでもなく決まっている。それを自覚した途端、心臓がどくりと脈打つ。


 すれ違う顔も見たことのない人たちが、まるで自分たちを祝福しているみたいに思えてしまう。


 高鳴り始めた鼓動の中、索理は追いやられかけていた冷静さを無理やり思考の最前列へと引っ張り出した。


(落ち着け……そうだ、落ち着こう……藍は別にボクのことが好きなわけじゃない。たまたまウェディングドレスの衣装が気に入っただけで、この状況はその延長線上ってだけ)


 言い聞かせるように繰り返す。これだけたくさんの注目を集める機会など、日陰者の索理は今まで経験したことがなかった。それが災いして頭が変な方向にはたらいてしまっているだけだ。それに、周りが何をどう勘違いしようと、索理たちの関係に変化があるわけではない。


 だが──まるで夢が叶ったかのように目を輝かせている藍は、この状況をどう考えているのだろうか?


 索理とは違う形で解釈しているのは疑いようがない。少なくとも肯定的。それが何を意味するのか。藍は具体的にどういった感情を抱いているのか。


 全てを理論立ててしまえば、なにかが完成してしまいそうな気がした。


 けれども──索理はそこで、情報を組み上げようとする思考を意図的に止める。

 藍の頭の中に渦巻いているものは、当然ながら索理の目には映らない。表情や仕草にその一端が見え隠れしているだけ。


 わざわざ暴く必要はない。ブラックボックスのままにしておくべきだ。その全貌を知りさえしなければ、藍との関係は今まで通り変わることはない……はずだ。


 藍は何も言わず、無心で歩みを進めている。索理もそれに倣うことにした。


 自分の胸元をさらりと撫でる。服を通してもはっきりと伝わってくる鼓動が一秒でも早く収まるよう、索理はこれから行く出店のラインナップで頭をいっぱいにすることにした。

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