幼馴染と姉妹の約束
藍の手によって引き上げられたその時、スマホの通知が場違いな軽快さで鳴った。
「ん……鞠理ねーちゃんだ」
鞠理からの連絡に文字はなく、代わりに自撮り写真だけが送られてきていた。ぷっくりと頬を膨らませ、眉を吊り上げた鞠理が画面の大半を占めている。肩の後ろには巡理の顔が見え隠れしていて、さらにその背後には索理たちのクラスがやっている出店の看板が計算されたように写り込んでいた。ご丁寧にその他の背景や通りすがりの人々の顔は加工でぼかされている。
「うちのクラス? 鞠理さんたちさっきまで来てたよね。サクが接客してたし。また遊びに来たのかな?」
「あー、いや……すっかり忘れてた。シフトが終わったら一緒に行動しようって言われてたんだった。多分、待ち合わせるために戻ってきたのにボクがいないから、約束をすっぽかされたと思って怒ってるんだと思う」
自分事でそれどころではなく、完全に頭から抜けてしまっていた。こんな自撮りで抗議してくるあたり、本気で怒っているわけではないのだろうが。
「そっか。それじゃ、早く戻って合流しなきゃね」
「うん……ところでさ、藍」
「どしたのサク?」
きょとん、と藍が首をかしげる。
「手、そろそろ離してくれても大丈夫。だいぶ落ち着いたよ」
「っ、あっ、うん……せっかく自然に握れたのに」
語尾に向かって藍の声量は小さくなっていき、その言葉は索理の耳には届かなかった。
「もー索理くん、人との約束はもっと大事にした方がいいと思うよ? 誠実じゃない子はモテないぞぉ」
「……索理にぃは、たまに自己中心的すぎ」
「こんな格好してる時点でモテとは無縁の人生を送ってるから今更です。自己中も言われるまでもなく分かってるし」
藍と少しの時間に加え、慣れ親しんだ家族と顔を合わせたことで、索理はある程度いつもの調子を取り戻していた。
心はだいぶ癒えたとはいえ、気まずい場面を見せてしまったクラスに近付く気にはなれず、索理は互いの中間地点に待ち合わせ場所を変更しよう、という旨の提案を返信したのだった。
「にしても意外と大所帯だねぇ。てっきりこの間遊びに来たっていう三人だけだと思ってたのに、まさか索理くんに他にもお友達がいたなんて」
鞠理は奏士を見やりながら満足げに目を細める。
「初めまして、俺は横野奏士といいます。弟さんとは仲良くさせていただいてます」
「む……」
索理のじっとりとした抗議の視線も気にせず、奏士は胸に片手を当てて堂々としている。
「うんうん、まさか索理くんにこんな立派なお友達ができているなんてねぇ。この子、家だと全然学校の話とかしないから」
「恐縮です」
「それより気になってたんだけど、もしかしてヘアオイルにエヌドット使ってる? 匂いとふんわり感的に。まだ高校生なのにがんばるねぇ」
「よくわかりますね。身だしなみには気を遣いたいので、必要な出費だと思ってます」
手でお金のマークを作ってあくどい顔をする鞠理に、奏士は素直に感心している。
「というか、なんで横野くんが一緒にいるのさ……坂本くんたちと一緒に学園祭回ってればよかったのに」
「心配しなくても、あの二人はあの二人で楽しくやってるはずだよ」
「そうじゃなくて……」
「それ以上に夕木くんが心配だったから。だいぶ元気になったようで何よりだけれどね」
「……」
今の索理では、どんな嫌味を言っても彼の笑顔という牙城を崩せそうにはない。索理はこれ見よがしにため息をついてみせるが、それすらも包み込むような奏士の表情が目について、すぐさま装填される次弾のため息。きりがないので、それは飲み下しておく。
「とりあえず出店を回ろっか。ボクらはスイーツやさんから回るつもりだったけど、鞠理ねーちゃんたちもそれでいい?」
「おっけぇ」
「見つけましたよ!」
突然、鋭い声が投げかけられる。声の主は人混みをするりするりと回避すると、索理たちの前にその姿を見せた。
「と、灯花?」
「真宵センパイ、探しました!」
軽装の少女は肩を弾ませつつ、他の人には目もくれずに真宵だけを見つめている。
「うち、センパイに学園祭案内してもらいたいです! というか二人で回りたいです! いいですか、いいですよね!」
「お、おい、ちょっと待っ、私は索理たちと一緒に……うわっ」
勢いのままに灯花が真宵の腕を引いていく。索理に向かって舌を出していくのも忘れない。
たった一瞬のうちに、真宵たちの姿は人込みに紛れて見えなくなった。困惑する索理たちを残して。
「な、何だったんだろ……サクのこと知ってるみたいだったけど、どういう関係?」
「うーん、ボクもよく分からないけど……でもあの子は真宵の後輩だったはずだし、多分大丈夫じゃないかな」
気を取り直して一歩を踏み出そうとしたその時、奏士の携帯が鳴った。
「ごめん、ちょっと……」
電話の主の名前を見るなり、奏士は気まずそうに片手で謝意を示してから後ろを向いた。
「はい、お疲れ様です先輩……えっ?」
いつも索理に向けているのと同じ声が、一瞬にして真剣なものに変わる。
「……そんな、ステージはどうなるんです? ……分かりました。一旦部室に向かいます」
奏士は電話を手早く切り上げると、先ほどまで以上に申し訳なさそうに眉を下げた顔で向き直った。
「……ごめん、部活の方で問題が起きてしまって、ちょっと行かなくちゃいけなくなったみたいだ。悪いけど俺抜きで回っていてくれるかな。戻ってこられそうならまた合流する」
「横野くん? ……行っちゃった」
返事も待たず、奏士は部室へと向かって駆け出していた。
「なんだったんだろ……まあ横野くんはいなくても構わないけど」
「こら索理くん、大事なお友達でしょ?」
「あれは向こうが勝手に言ってるだけだよ……」
「索理くん、そんな調子だとますますお友達が──」
索理を続く言葉で刺そうとした鞠理の口が、中途半端な形で固まった。
「──いや、今こそチャンスかも? ……巡理ちゃん」
「……うん」
二人は示し合わせるように視線を交わす。始まりかけていた説教はどこへやら、二人の注目は未有に向いていた。
「未有ちゃん、お店では索理くんに接客してもらってたから気づけなかったけど、その服とっても似合ってるわねぇ」
「お、おう……?」
「そう、例えば今すぐどこか人気のない場所で撮影会とかしちゃいたくなるくらい。ねぇ巡理ちゃん!」
「……ん。めぐりも作ったことない衣装。気になる」
「こんなん、どっかの通販ショップで売ってる安物だぞ」
「いいからいいから! さっき見て回ってた時、良さげな背景のポイントを見つけておいたのよねぇ。是非撮らせて欲しいわ、3人だけの邪魔が入らない場所で、今すぐ!」
「お、おい、何すんだ!?」
鞠理が強引に手を引き、巡理が背中を押す。どこかで見た構図のような気がする。
その傍ら、鞠理は藍に対し、
「言ったでしょ、協力するって。お膳立てはしたわ、頑張ってねぇ」
と囁いていったのだが、それはまたしても索理の耳に届くことはなかった。




