女装と男装と後輩女子
「それじゃ、お姉ちゃんたちは他のクラスも見て回って来るから。索理くんのシフトが終わった辺りで合流しようねぇ」
たっぷり三十分も楽しみ尽くしていった鞠理と巡理は、そんな言葉を残してコスプレ喫茶を後にしていった。
担当シフトはまだ始まったばかりだ。早くも大きく体力を削られた索理は、廊下に顔を出してその背中を見送った。
「ようやく解放された……二人とも朝から元気だなぁ」
愚痴を漏らしつつ、教室内に視線を戻す。そこにはいつの間にか、学園祭らしい騒がしさが充満していた。
索理が弄り倒されているうち、気づけば他の席は全て埋まってしまっていたらしい。徐々に回らなくなり始めた厨房に、時々未有が入って手早くドリンクを作り、そのまま自分の手でサーブしている。他のメンバーもてんてこ舞で、片付けの済んでいないテーブルもちらほらと増え始めていた。
一般のお客さんをはじめ、他クラス、他学年の生徒たちもみられる。中でも部活や生徒会で上級生とも広く関わりがあるであろう真宵は、複数のテーブルから引っ張りだこに遭っていた。
「真宵ちゃんー、こっち来て写真撮ろ! 男装すっごい似合ってる!」
「先輩! もう来てくれたんですね、ありがとうございます。すぐに行きますので、カメラの準備をお願いしますね」
「こっちも注文いいかなぁ? 忙しいところゴメンね」
「少々お待ちください……西岡、手は空いているか? あそこのテーブルの注文を伺ってもらいたい。オーダーを通すついでに空いたテーブルの皿とグラスを持って行ってもらえると助かる」
「こらこら君、そろそろこっちのテーブルにも遊びに来ておくれ。キャストドリンクを入れたばかりじゃないか」
「お、お客様、ここはそういうシステムでは……」
真宵は投げかけられた声の一つ一つに対し身体ごと向きを変え、真摯に対応している。髪をまとめていることで動きやすくなっているのか、いつもよりさらに二割増しの機敏さだ。男装姿を意識しているのか少年的な声がその口から飛び出すが、出てくる言葉の敬語は崩れず、視野の広い指示が次々と繰り出される。
──そんなギャップに胸を打たれているらしい人が、ここにも一人。
「はぁ、真宵センパイ……はぁ……」
どこかで見たような顔が、カウンター席をイメージした窓際の席から、その一挙手一投足に熱烈な視線を注いでいる。
「……青山灯花さん、だっけ」
夏祭りで出会った、真宵の後輩だという少女がいた。確か、真宵に対して並々ならぬ感情を抱き、真宵の律義さを煮詰めすぎたような性格の中学生だったはずだ。いつでもどこへでも動き出せるような軽装は健在で、ホットパンツから覗く生足が眩しい。
テーブルに置かれているドリンクには目もくれず、それどころか椅子ごと後ろを向いている。相変わらず真宵以外にはまったく興味がないらしい。注文待ちなのだと察して声をかけた坂本が「邪魔しないでください」の一言で一蹴されていた。
これは自分も気付かないふりをした方がいいか、と考えて目を逸らそうとした寸前、灯花が身震いをするようにして自身を抱きながら顔を向けてきた。
「げ……女装のセンパイ」
「……どうもー」
「学園祭ってある意味、高校におけるオープンキャンパスみたいなものですから。にしてもなんだか寒気がすると思ったらあなたですか……まだ真宵センパイのそばにいたんですね」
「そばにいるっていうか、シフトが同じなだけだよ」
「どうせあなたの方から言い出したんでしょう? それにお祭りの時だけじゃなく、いつも女装してるんですね……」
道端のゴミを見下ろすように、灯花が不快感をあらわにする。
「ボクの女装はダメなのに、真宵の男装はいいんだ?」
「真宵センパイはどんな服装でもカッコいいですから。男子の制服も格好もよくお似合いです。あなたみたいなおかしなメイクと一緒にしないでください」
「けっこう頑張ったんだけどなぁ」
「もういいです。それより話しかけないでもらえますか? 今日はうち、真宵センパイに会いに来たので。──あっ、真宵センパーイ!」
ちょうど真宵の手が空いたらしい。灯花が呼び止めるその声は、索理にぶつけていた低く嫌味たらしいものから、優に一オクターブを超えて高まっている。
「む、灯花も来ていたのか。相手もできずに済まなかった。もっと早く呼んでくれればよかったものを」
「センパイ忙しそうでしたから。それにかっこよく働いているセンパイを見ているのもとても楽しかったです!」
「そういうものか? まあ、せっかくだから楽しんでいってくれ」
「もちろんです! ……あの、それで、一応聞いておきたいんですけど」
灯花がやや声を潜める。
「コスプレで男装を選んだのって、その、そういう理由だったりします?」
「そういう理由?」
「だから、ええと、うちと並んだ時の見た目的なバランスというか、なんというか……」
「よくわからないが、褒められているということでいいんだろうか。この制服は索理から借りたんだが、自分でもなかなか様になっていると思う」
「前言撤回します。今すぐ脱いでください、今すぐ!」
「お、おいこら、袖を引っ張るな、借り物だぞ!」
「あの女装男は女子の制服で登校しているんでしょう? どうせ着ることはないんですからいいじゃないですか! それよりもそんな服が真宵センパイの肌に触れている方がよっぽど問題です!」
ブレザーをあっという間に奪い去り、続いてネクタイとボタンを外しにかかる灯花。
「や、やめろ灯花! シャツの下は下着なんだぞ!」
「真宵センパイの下着、興味があります!」
「そういう冗談はせめて誰もいないところでやってくれ! 他の客もいるんだぞ!」
「つまり誰もいないところならウェルカムということですか!?」
「そういう意味ではない!」
もみあいの拍子に真宵の頭から帽子が落ちる。そこから長い髪がふわりと落ち、一変した雰囲気がまた、衆目を集めている。
二人が騒がしくしている様子を傍目に、索理はきびきびと空きテーブルの片付けに勤しむのだった。




