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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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女装と姉妹とオムライス

「お待たせしましたぁ、『ピラフオムライス』と『ブルー・サンセット』ですー……」


 この上なく気乗りがしない。索理はその態度を隠そうともせず、鞠理と巡理が待つテーブルに皿とグラスを配膳していく。


 置いたばかりのグラスの中では、二種類の液体が層を成している。澄んだ海のような水色と夕焼けのような赤色が、糖度の違いで混ざり合うことを拒否しているらしい。わずかに揺らぐ水平線と目線の高さを合わせ、鞠理が感心したように呟く。


「へぇー、名前の通り、青と赤のカクテルなんだねぇ。サンセット……あ、夕木だから、つまりそういうこと?」


「あとは女装男子の二面性がどうとか言ってたっけ。自分ではよくわかんないけど」


「索理くん、なんかノリわるぅい。せっかくの学園祭なんだし、他にお客さんもいないんだから、いっそ思いっきり弾けたとこを見てみたいのに」


「ボクがそんな態度とるわけないでしょ。っていうか衣装的にはダウナーな感じが正解だと思うけど」


「言い訳だなぁ。……ま、いいや。索理くん、お絵描きお絵描き」


「……わくわく」


 目を輝かせる二人の視線は、索理が持ってきたお盆に唯一残っている、ケチャップのチューブに向けられている。


 現実逃避的に視線を巡らせる。調理の間に少しずつ他の客も入り始めており、教室内は少しずつ本物のカフェのような賑わいを見せ始めていた。そちらの接客は未有や真宵、厨房担当の奏士を除いた二人が担当している。コスプレの受けがかなりいいらしく、チェキつきのメニューの注文が後を絶たないようだった。


 いつからオムライスにおける卵はキャンバスであると定められたのか。そんな行き場のない疑問を抱きつつも、索理は仕方なくケチャップを手に取る。


「それで、なんて書いたらいいの? 絵とか難しいのは無理だからね」


「じゃあ、ここはやっぱり……お姉ちゃんダイスキ、で!」


「よく自分で言い出せたねそんなこと……恥ずかしくないの?」


「えー索理くん冷たぁい」


「キャラ作りですから」


 素っ気なく答えつつ、わずかに湯気をあげるまっさらな黄色の小山に向き合う。

 ケチャップの口を近づけて絞り出そうとした寸前、


「……待って」


 と、巡理の手が触れた。


「……鞠理ねぇの言う通り、お姉ちゃんダイスキ、って書くの?」


「まぁ、そうお願いされたからね」


「……じゃあ索理にぃは、めぐりのことはダイスキじゃないってこと?」


「うわぁ、なんか妹が急にヤンデレみたいなこと言い出しちゃった……」


 力自体は弱いものの、索理の手首を掴む手には感情の重さが乗っていた。心なしか、サングラスの向こうに見える目からは光が消えているようにも思える。


「もー、無難にハートとかでいいよね? 簡単だし」


 有無を言わせずにケチャップを絞り出す。藍によると、一律の握りの強さ、一律の速度を保って線を引いていくのがコツらしい。字を書く余地がないよう、描いた線の内側を入念に塗りつぶした。


「あーあ。こんなことなら巡理ちゃんと一皿ずつにしたらよかったかなぁ」


「……確かに、索理にぃで遊ぶならその方がよかった」


「兄で遊ぼうとしないでよ」


 不満げな声を漏らしつつも、二人はスプーンを手に両側からオムライスを切り崩していく。


「ん、おいし。流石は藍ちゃん」


「……カクテルも、甘くていい香りがする」


「火を使えないから冷食と作り置きを組み合わせただけだし、カクテルも既存のレシピだけどね」


「いいのいいの。こういうのは雰囲気が大事なんだから」


 あっという間に皿とグラスを空にして、鞠理が立ちあがった。


「さて、そろそろチェキもお願いね。三人で撮るなんて意外と久しぶりじゃない?」


「家にいて一緒に写真撮ろう、とはならないもんね」


「お写真と聞いて!」


 颯爽と教室に滑り込んできた人物が、カメラを手にして索理たちの前を陣取る。寧が着替えを終えて戻って来たのだ。


 寧が着ているのはメイド服だった。それも、索理が一度目にしたクラシックで飾り気のないメイド服の真逆を突いた、フリルと装飾にまみれた現代的なそれだ。しかもヘッドドレスには黒い猫耳が、スカートの下からは同じ色の尻尾がついている。


 寧のテンションに任せた全力ダッシュと急ブレーキの結果、膝上二十センチはくだらないヒラヒラとした裾が勢いよく舞い上がった。寧がカメラから片手を外し、慌てた様子でスカートを上から抑え込む。


「わっ……とと。あぶなー。というかこれ、スカート短すぎません?」


「……め、メイド服作った時のあまりで作ってみたやつ、です。……よくお似合いです」


 寧の勢いに気圧されて姉の陰に身体を隠しつつ、巡理が解説を挟む。流れるように盾にされた鞠理も感嘆の声を挙げた。


「わーお。猫耳しっぽミニスカメイドさん、おまけに眼鏡まで。属性がモリモリでよきだねぇ」


「どこがよきですか! これスパッツなかったら完全アウトですよ!」


「ねぇ、これ尻尾どこから生えてるん? お姉さんに教えてみ? んー?」


「わーわー、めくるなら弟さんのスカートを狙ってくださいっ!」


 なにげにとんでもないことを言いつつ、寧が鞠理のわきわきとした手つきを警戒して距離を取る。


「ね、寧ちゃんのことはどうでもいいんです! それよりチェキですよねっ、ほらほら、そちらに並んでくださいな」


 寧が撮影用スペースに近付いて手招きしてくる。構えているのは普段使いのカメラではなく、チェキ専用の小ぶりなパステルカラーのものだ。


 鞠理に手を引かれ、巡理にお尻を押され、ひときわ装飾が派手なそこに連行されていく。


「ほら索理くん、チェキってあんまり画角広くないし、もっとくっつかないと」


「……めぐりの背に合わせて屈んでほしい」


「注文が多いよお」


「はいはい動かないでくださいねぇ、そんなにおしくらまんじゅうしなくても収まりますから」


 寧は既にファインダーを覗き込んで位置の微調整にかかっていた。自身にしか聞こえなさそうな声量で何かと呟きつつ、カメラを動かして距離感や撮り下ろす角度を何度も見直す。チェキといえどもカメラはカメラ、彼女なりのこだわりがあるらしい。


「ふむ、こうしてカメラを通して見ると、当たり前ですが似てますね。垂れ目っぽいところとか、鼻筋の通り方とか……」


「いいから早く撮って、そろそろ暑苦しい……」


「はいな。ではではみなさん、笑顔でお願いしますねぇー。はい、チーズ!」


 イキイキとした声の直後、フラッシュと共にシャッター音が鳴り響いた。

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