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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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女装と姉妹とブルー・サンセット

 索理たちの教室があるのは校舎の最上階である四階だ。


 当然、一般客の動線は一階からとなる。同じ一年の生徒たちを除き、一年の教室にお客さんが回ってくるまで三十分はかかるだろう、というのが真宵の読みだったのだが、その予想は早々に裏切られた。


「あら、うちらが最初のお客さんだったか。って、直行してきたんだから当たり前かもねぇ」


「なんだ、鞠理ねーちゃんか」


「なんだ、とはお言葉だなぁ。索理くんが呼んだんでしょぉ。まぁ元から一番に来るつもりだったけど。……ふむふむ、ここが索理くんのクラスねぇ」


 口調とは裏腹に、楽しそうに教室を見回す鞠理。トレードマークの派手な二色髪とよそ行きのワンピースが特徴的だ。そしてその影から、何やら物音が聞こえてくる。


「……ぜぇ、ぜぇ……階段、きつ……」


 鞠理の身体の後ろから這い出すみたいに、色素の薄い小柄な身体がのそりと現れた。極度の猫背が激しく上下を繰り返し、腕もだらりと垂れ下がっている。


「あれ、巡理も来たんだ?」


「……せ、せっかく、はぁ、はぁ……コス選んだし」


「今日しか見られないからって、珍しく自分から外に出るって言い出したのよぉ。運動不足すぎて四階分の階段でこの有様だけど」


「へぇ……でも今日すごい晴れてるよ?」


「……日傘、この日のために買っておいたから、通販で」


 巡理は手にした白い傘を軽く持ち上げる。外出時にいつもつけている、明らかに過剰なサイズのサングラスも健在だ。巡理が徹底的な日差し対策を講じるのは珍しい。日差しの強い日、とりわけ夏場の期間は、雨でも降らない限り巡理が外出することは滅多にない。


 とはいえ日傘やサングラスにも限界がある。顔や首あたりへの日差しは防げても、どうしても手元や足元が疎かになりがちだ。その部分への対策として、巡理は大きめで丈の長いオーバーオールを着用している。


 鞠理が裸足でサンダルといった涼しげな靴なのに対し、巡理はきっちりとスニーカーを履き、くるぶしを覆い隠す靴下も欠かしていない。上半身のシャツも長袖で、今日の天候を思えば見ているだけで暑苦しい。実際、巡理の額にはかなりの汗が浮いている。


「そっか、お疲れ巡理。冷たいものでも飲む?」


 こくり、と小さな顎が引かれたので、早速二人を席に案内する。景色や風通しのいい窓際の席も空いているが、念を入れて日差しが届きにくい遠い席を選んだ。藍も気を遣ってカーテンを閉めてくれる。


 椅子に腰かけるなり、鞠理がどこかのブランド名が印字された紙袋を差し出してきた。


「はいこれ、頼まれてたやつ。聞いてた話通り、本当に適当に選んじゃったけど大丈夫かなぁ?」


「ありがとー。コスプレ忘れてきた子のためのやつだし全然大丈夫。はい、原村さん」


 受け取ったものをそのまま横流しにする。


「えと、これは?」


「原村さんの着替え。サイズは多分大丈夫だと思うから、お客さんが少ないうちにトイレで着てきてね」


「ほぉ。一応確認したいのですが、中身は?」


「ボクも知らないから見てのお楽しみ。ちなみに拒否権はナシ」


「寧ちゃんの基本的人権が著しく侵害されてませんか!?」


「わざわざ準備してあげたんだから、むしろ感謝してほしいくらいなんだけどなぁ」


「むむむ……やむを得ませんかねこれは。確かに冷静になると、この空間で寧ちゃんだけ制服姿というのは逆に恥ずかしい気も……」


 ぶつぶつと呟きつつ、寧は紙袋の中身に視線を落としながら教室を出ていった。

 メニュー表を眺めていた鞠理が、芝居がかった仕草で手を挙げた。


「そこな可愛い店員さぁん、よろしいですかぁ」


「やめてよ恥ずかしいなぁ……」


 手にしたお盆で口元を隠しつつ、テーブルに近付いてしゃがみ込む。


「はいはい、お決まりですか」


「ちょっとメニュー名が分からなくって。この『乳白色のおくすり』って何? 『吸血鬼の生き血』は?」


「最初のはチーズの盛り合わせで、その後のはトマトジュースかな」


「……『しゅわしゅわ♡あまあま♡めろんじゅーす』は?」


「それは普通のメロンソーダ。オプションでクリームソーダにもできるみたいだよ。……なんかみんなの仮装に合わせたっぽいメニュー名を考えてくれたみたいなんだけど、ちょっと分かりにくいねこれ」


 恐らくはナースかドクター、吸血鬼に扮すると事前に宣言していたクラスメイトがいるのだろう。メロンソーダの脳みそが溶けたようなネーミングはメイド喫茶っぽい。あえて伝わりにくくすることでお客さんが質問をし、会話が生まれる、という狙いなのかもしれないが、この調子では全メニューに解説が必要かもしれない。


「そうなんだぁ。ってことは索理くんっぽいメニューもあるのかな? どれかなぁ……」


「ないない、あるわけない」


「あるよ?」


 声に振り返れば、布で区切られた厨房スペースから、藍がぴょこりと顔を出していた。


「サクをイメージしたメニューはねぇ、カクテルの欄の『ブルー・サンセット』ってやつ。甘めで飲みやすくて、夏にぴったりなんだよ!」


 あ、もちろんノンアルです、と藍が付け足す。


「じゃあそれぇ。巡理ちゃんの分も合わせてふたつね」


「そういえばメニュー考案してたのは藍だった……」


 定食おりべではカクテルなど出していなかったと思うが、学園祭の準備期間に調べたり試したりを重ねていたのかもしれない。


「何か食べるものも欲しいかなぁ。巡理ちゃん、何か食べたいのある?」


「……この、『ピラフオムライス』が気になってる」


「へぇー。なになに、ご希望の方には店員さんのラクガキとツーショット付き、ご指名可……なるほどねぇ」


 おもしろいものを見つけた、とばかりに口角を持ち上げる姉に、索理の背筋がぞわりとあわ立つ。


「店員さぁん、このオムライスも追加で。もちろんラクガキとチェキのセットね」


「絶対言うと思った……一応聞いておくけど、ご指名は」


「もちろん索理くんで」


「もー……写真なんて家でいくらでも撮れるのに……」


 鞠理がこれ以上ない笑顔を向けてくる。巡理もそわそわと肩を揺らしていた。


 オーダーをメモに書き記して、厨房スペースに顔を突っ込む。


「『ピラフオムライス』ひとつと、『ブルー・サンセット』ふたつ」


「やっぱそうなるよね。おまかせあれ」


 待機していた藍が手際よく冷凍食品のピラフを皿に盛り、電子レンジに突っ込む。


 その隣では、奏士が逆さの円錐型をしたカクテルグラスを二つ並べ、足元から深い赤色をしたシロップのボトルを取り出していた。


「賑やかなご家族みたいだね」


「余計なお世話」


 妙に様になった手つきでメジャーカップにシロップを注ぐ奏士に、索理は小さく舌を出して言いかえした。

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