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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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女装男子と学園祭の始まり

『ただいまより、天橋学園の学園祭を開幕とさせていただきます! 生徒の皆さん、そして保護者の方々、地域の皆さまも、全力で楽しんでいきましょう!』


 雑音混じりの校内スピーカーを通して、全校へと声が届けられる。


 その声を合図に、索理たちの教室からは多くのクラスメイトが飛び出していった。


 一律の制服姿とはうってかわって、まさに無秩序、まるでハロウィンのスクランブル交差点を凝縮したように雑多な仮装。そんな彼ら彼女らは、いよいよ始まった学園祭に、一様にわくわくとした表情を浮かべていた。


 我先に、と言わんばかりに、教室の前後にある出入口にクラスメイトがなだれ込んでいく。それが落ち着くと、教室にはいつものメンバーが多く残っていることに索理は気が付いた。


 元々行動を共にするつもりだった藍に真宵、未有。この三人とは出店のシフトも同じで、このまま一番最初にコスプレ喫茶で務めを果たすことになっていた。


 一般入場が始まったら教室に集合、と伝えてあった寧も残っている。加えて──

「……なんでこんな時まで横野くんと一緒なの?」


「出店のシフトが一緒だからね。俺だけじゃなくて、坂本と西岡もいるよ」


 鋭くしたままの眼差しで周囲を見れば、プールで一緒だった男子二人も居残り組だった。


 彼らのコスプレにはどこか統一感がある。ぱっと見はスーツのようだが、シャツの襟元を彩る蝶ネクタイと、背中から足のラインに沿うよう、二股に分かれた布が垂れ下がっているあたりが大きく違っている。


「燕尾服……?」


「ウエイトレスをやるということだったからね。少し格好つけてみたんだ」


「それは、横野くんのファン的には大興奮だっただろうね……」


「どうかな。どちらかというと伊澄さんのほうが人気が高かったような気もするよ」


 彼に嫌悪感を抱いている索理ですら、その出で立ちには思わず息を呑まされる。すらりとした立ち姿は演劇部での賜物か。胸に手を当てて微笑んで見せただけで、まるで本職の執事でも前にしているかのように錯覚させられる。


 そんな奏士は、お返しとばかりに索理の恰好にも視線を注ぐ。


「夕木くんこそ似合って……黒髪?」


「まぁ……メイクも服も変えてるし、せっかくだからイメチェンで」


「そ、そうなんだ……うん、かわ、可愛いと思う」


「え……?」


 視線が合わない。奏士にしては珍しく、分かりやすい動揺が見られた。可愛い、などという言葉の一つや二つ、彼にとっては挨拶くらい言い慣れていると思っていたのだが……


「なになに横野くん、いつもと違うサクに見とれちゃった? 黒髪フェチ?」


「そ、そういうわけじゃ……いや、どうなんだろう。考えたこともなかったな」


 奏士は一度呼吸を整えると、藍のイジりに眉尻を下げた。


「地雷系の黒髪ならここにもいるぞー」


 未有も面白がって声を上げる。


 そんな彼女が纏うのは、電脳世界の歌姫を再現した衣装だ。ノースリーブのスパンコールつきシャツに、漆黒のミニスカートに届くくらいの長さを持った水色のネクタイ。ぴっちりとしたニーソックスとぶかぶかのアームカバーも欠かせない。


 髪色や髪型こそ違うが、ハーフツインをまとめ上げる髪飾りとヘッドセットまでしっかり揃っている。顔周りはいつもの未有だが、その整い方は誰もが認めるところだ。むしろまだ見ぬボーカロイドとして、今にも歌い出しそうな雰囲気すらある。


「ああ、黒河さんもよく似合っているよ。マイクとかネギとかの小道具がないのが惜しいな」


「仕事中に持ち歩いてたらどう考えても邪魔だろ……」


「それもそうか」


 すっかり冷静さを取り戻した奏士が藍に向き直る。


「織部さんも素敵な恰好をしているね。まるで本物のお嫁さんみたいだ」


「ふぎゃっ!? て、照れさせ合ってる場合じゃないと思うけどっ!」


 熱を持った顔を冷まそうと、藍が両手で顔を仰ぐ。


「元は横野たちが助けてくれた形なんだ」


 索理は寝ていて知らなかっただろうが、と真宵が口を挟んできた。


「シフトは二時間ごとの五分割と決まっている。となるとクラスを五つの班に分ける必要があるわけだ。私たちは元から索理と一緒の班にすることを決めていたが、それ以外の集まりが極端に悪かった」


「まぁ、ボクと二時間も一緒に働きたい、って人はいないだろうね。他に仲良い子とかいないし」


「そういえば、未有ちゃんは珍しく引っ張りだこだったよね」


「メイク教えた連中からだろ? 客寄せパンダ扱いにしたそうな空気だったし、メイク以外で話すこともねーから断ったがな」


「確かに黒河ならば、看板を持って立っているだけで客入りが三割増しになるだろうな」


「それが嫌だっつってんだろ」


 未有らしい不遜な物言いに、少しだけ空気が緩む。


「話を戻そう。とにかくシフトを埋めるには人数が足りなかったのだが、そこで快く名乗り出てくれたのが横野たちだったわけだ。クラスは四十人、縦割りで一シフト八人。これでぴったりだ」


「ん? ボクら四人と横野くんたち三人で、まだ七人じゃない?」


「はい、ですから寧もいますよ?」


「え?」


 思わず顔を向けてしまう。そこには寧がいて、顔には『何を当たり前のことを』と書かれていた。


「原村さんは、鞠理ねーちゃんが持ってくる予定の衣装待ちでしょ?」


「いえ? 普通に同じシフトですよ? なんなら横野くんたちが入ってくる前から寧ちゃん、いましたけど?」


「えぇー……」


「夕木に文句言う権利はねーだろ。ただでさえ人員不足だったんだからむしろありがたいだろうが。つか第一に、実行委員が出店に関する話し合いで寝るな」


「それはそうかもしれないけど……」


 未有からぶつけられる正論に、索理はぐぬぬ、と唇を噛んだ。


「まぁいいじゃない。それより早く準備始めよ! もういつお客さん来てもおかしくないんだし!」


 藍が立ちあがり、パチンと手を合わせる。


 それを合図にしたように、教室のドアが開かれた。

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