女装と地雷と幼馴染のウェディングドレス
純白に身を包んだ藍が、おもむろに口を開く。
「どう、かな……?」
索理と未有はすぐ近くに座っていたが、その声がどちらに向けられていたかは火を見るより明らかだった。
頬には紅が宿り、ベールの向こうに鎮座する瞳は、うつむきがちに索理の反応を探っている。
「どう、って……ええと」
反応に困る問い方だ。似合っている、と伝えるのが無難なのだろうが、本気の表情が月並みな言葉を封じ込めようとしてくる。
小さなころからずっと一緒にいて、藍のいろいろな姿を目にしてきた。幼稚園時期のスモックと黄色の帽子、小学生らしいキャラものの私服、中学の制服姿、実家で働いているときの割烹着風エプロン──
どの姿も記憶に焼き付いていて、今でも鮮明に思い出すことができる。
だが、目の前にいる藍はそのどれともまったく違った姿をしている。
本能的に圧倒されそうになる。その理由は、本気の晴れ姿を見せつけられたことによる緊張か、それとも未来を先取りしてしまったかのような背徳感か。
とにかく、立ち姿そのものが物語っている。これは冗談ではないと。
コスプレ衣装は出店のシフトに入っている時だけでなく、学園祭中はずっと身に着けておくことになっている。そして、藍は今朝、自由時間を一緒に過ごすことを提案してきた。
それはこのウェディングドレス姿を、誰よりも自分に見てほしかった、という意味合いに受け取ることができないだろうか……?
それこそが藍の本心なのか、それとも索理の発想が飛躍しすぎているだけなのか。沸騰した頭は全く役に立たず、判断がつかない。
「き、綺麗だと思う……とっても」
結局、索理は純白から露骨に目を逸らした上で、それだけを口にした。
そんな言葉だけでは藍は納得しないだろう。そんな予感と共に目線を戻すと──
「あ、ありがと……」
藍もまた消え入りそうな声で返答し、限界ギリギリを絞り出したようにぎゅっとドレスの裾を握り締めている。
(その反応は何!? 喜んでるのか期待外れだったのかどっち!?)
今の答え方で正解だったのか分からない。どうして仕掛けてきた側の藍がそんな反応をしているのか、そっちに脳のリソースを回すだけの余裕がない。
教室に気まずい空気が流れる中、未有が一人、
「あたしが神父やってやろーか? せっかくだしベール捲れよベール」
と、他人事のようにはやし立てていた。
藍が索理たちと同じテーブル、ちょうど索理の対面の椅子にちょこんと腰かける。
その際、藍はふわりと膨らんだドレスを撫でつけながら座っていた。一瞬のこととはいえ、布がぴったりと臀部のラインに沿う。ドレスに折り目をつけないために必要なことなのだろうが、そんな仕草すらも直視してはいけないような気がして、索理はその間、ぎゅっと目を瞑っていた。
「なにビビってんだ、目に焼き付けろっつったろーが」
「いや、なんていうか、その……」
この気まずさが伝わっていないはずがないのに、未有は頬杖をついたまま、にやけ顔で索理の脇腹を肘でつついてくる。
「ちなみに織部は、そのドレスを夕木妹の部屋で見つけた瞬間から、ずっと目が離せなくなってたんだよな。結局試着もそれ一着しかしてなかったし」
「み、未有ちゃん!?」
今度は藍が動揺を露わにする番だった。
「ガチすぎて引かれるかなってわたしが言った時、あたしはバカにしねー、って言ったのに!」
「バカにしてはねーだろ。事実を言ってるだけだ。バカにする気だったら例えば、試着で微妙に入りきらなくて張り裂けそうになってたこととか、夕木妹に胸元とウエストのサイズアップを頼んでたこととか──」
「それは確定で本当にダメなやつだ!」
「こらこら、せっかくの晴れ姿なんだから暴れてんじゃねー」
「暴れさせるようなことを言わないでって言ってるの!」
藍が身を乗り出して未有の口を塞ぎにかかるが、長い裾ときっちりと絞められた胴に動きを制限されているらしい。白手袋は未有の残像のような黒髪を撫でるだけに終わった。
「つか少なくとも、胸元に関しては気にする必要ねーだろ。元々は夕木用に作ってるって夕木妹も言ってたし、そもそも女用の設計になってねーんだから」
「百歩譲ってそこはいいとして、ウエストでサクに敗北してることがショックすぎる……」
「ボクとしては、巡理がそんなのを作ってたことにびっくりだよ……どういう状況で着せるつもりだったのか、あとで問い詰めないと……」
「た、確かにサクがこれ着てるのは複雑かも……」
「ま、いいんじゃねーの」
未有が会話を区切るように頬杖を入れ替える。
「傍から見てりゃお前ら二人、真っ黒と真っ白でリンクコーデみたいになってるしな。いわゆるオセロコーデってやつか」
言われてみれば、と索理と藍は自分と相手の服装に目線を往復させる。確かに未有の言う通りだ。ゴスロリとウェディングドレス、その細部に違いは見られるが、何よりもコントラストが一番に目を引く。あえて小さなズレを作り出して、互いの特徴を強調しているように見えなくもない。
「そ、そうかなぁ? えへへ」
藍も同じことを思ったのか、小さく縮こまっていたむき出しの肩に緩みが見られた。
「さて、あたしもそろそろ着替えてくるとするか。他の連中が来たらトイレが混むかもしれねーし……」
一人制服姿の未有は立ちあがると、ボーカロイド衣装が入ったビニール袋を掴んで出口に向かう。
その手がドアに掛けられる寸前で空振った。まるで自動ドアのようにおのずと開いたようにも思えたが、違う。向こう側にいた人影もまた、未有と鉢合わせたことに驚きの表情を見せていた。
「……伊澄、だよな?」
呆気にとられたような未有の反応は真っ当なものだ。
何故ならそこにいたのは、この学校の制服姿の──しかしいつもとは違う、男子の制服を着た真宵だったから。
パンツルックの足が踏み出されると、未有が気圧されたように横に避けた。
「おはよう。……っと、これまたすごい絵面だな。男装程度ではインパクト不足だっただろうか?」
真宵はコスプレ済みの索理と藍を見るなり、やれやれと苦笑いをした。




