女装男子のお披露目
教室内は、今日が特別な日であることをを彷彿とさせるような静けさが漂っていた。カフェとしての飾りつけは滞りなく終わっているようで、机の配置も授業を受ける時とは大きく違う。
いくつかの机がまとめられ、そこにテーブルクロスをかけて大きなテーブルとして仕立て上げているらしい。索理はその一つを貸切り、持ち込んだ鏡とメイク道具の数々を広げている。
「ふぅ……こんなところかな」
最後の最後まで目尻のラインを弄り倒していた索理の胸は、期待と不安の両方によってこの上なく高鳴っていた。
というのも、今日がいよいよ、今まで積み重ねてきたメイク講座の成果をお披露目する日だからだ。
未有に声をかけるまで、独学でまったく成長が見られなかった索理の地雷メイク。美容専門学校通いの姉に頼ろうにも、地雷メイクはよくわからないのよねぇ、という返事しか得られなかった。
そこから面倒見のいい先生に出会い、二か月もの期間の努力を経て、ようやく自分一人の力で形にすることができた自分の顔。
「みんなびっくりするかなぁ……黒河さんには実力が見抜かれてるだろうから、あんまり驚かれないかもしれないけど……」
教わった通り、目尻のラインは自前の涙袋の延長線上を意識して引いた。ベースメイクに使ったのは、一本五千円を超えるデパコスのリキッドファンデ。とてもではないが普段使いはできないので今日だけの特別だ。
マットな肌感に対してリップが目立つよう、ビビッドなレッドピンクを採用。夏の初めに開けたピアスホールも完成したので、ピンクパールのハート形をぶら下げている。
「完璧……! 今までで一番上手くいってるかも……!」
鏡の中にいる自分の顔からは、一切男っぽさは感じられない。もちろんそれは女装としては前提条件でしかないのだが、地雷メイクは同じ顔を量産できるのが最大の特徴。そういう意味でも、これは成功と言って差し支えないのではないだろうか。
役目を終えたメイク道具を鞄にしまいこんでいると、今日のために持ち込んできたものが目に飛び込んできた。
「とと、忘れてた。最後に仕上げをしなきゃ」
索理はそれを取り出すと、あるべきところに装着する。今度こそ、一分の隙もなく完璧だ。
ちょうど細かい調整を終えたところで、唐突に教室のドアが開いた。反射的に目線がそちらへ向く。
何の因果か、そこには今一番出会いたかった人物が立っていた。
「おはよう、黒河さん」
「はよー……ん?」
無意識的に挨拶を返してきた未有の足が、次の一歩を踏みとどまる。訝しげな視線で索理の顔を覗き込むなり、そのままの表情で首を傾げた。
「その声に、明らかにあたし流っぽい地雷メイク……夕木、だよな?」
「もちろん。どうかなこのメイク、今日は一から自分で頑張ってみたんだけど」
「いや、まぁメイクはいいんじゃねーの? あたしが教えた部分もしっかり押さえてるし、全体としてのまとまりもある……ってそうじゃねー!」
未有は止まっていた足を強引に踏み出すみたいに前進すると、索理の髪に触れた。サラサラと流れるウィッグの人毛、黒色のそれを。
「いきなり髪色変わったら分からなくもなるだろ。いつものピンク髪はどうした? 最近は他の連中にもメイク教えてたし、こいつのせいで一瞬、誰だか判断つかなかった」
「もうちょっと驚いてもらえるかと思ってたよ」
「いや、普通に驚いてるが」
口ではそう言いつつも、未有の表情からは最初の衝撃はもう消えている。無意識なのだろうが、索理と同じメイクを施した目が細かく動き回っている。メイクの出来を観察しているのだろう。
「せっかくだから黒髪ウィッグ、用意してみたよ。ほら、地雷メイクはこっちの方が映えるって言ってたじゃない。本気でやるなら、根本から変えてみようかなって思って。どうかな?」
「そか、夕木の場合は黒染めとかする必要もなく、ウィッグで簡単にイメチェンできんだもんな……」
眉を寄せ、まじまじと眺める未有と至近距離で目が合う。注力すべきポイントだと言っていた通り、目元をじっくりとチェックしているのだろう。
「……うん」
視線で頬をなぞられるのを気配で感じる。唇を経由して、鼻のラインを上り眉へ。産毛を撫でられるようなくすぐったさに身震いしたくなりながらも、未有が口を開くのをひたすらに待ち続ける。
「……ま、及第点って感じじゃねーの」
ようやく目元から力を抜いて、未有が呟いた。
「及第点……」
「悪くねーって意味。誰がどう見ても一目で地雷系だって理解する出来だ。つかピアス可愛いなそれ。普段の夕木を知ってるからか、そこにピンク残ってるのが夕木らしいっつーか。確かにそれつけるなら、黒髪のほうがいいかもしれねー──」
でも、と言葉が区切られる。
「──髪色変えるならあたしにも一言言っとけ。細かい色使いのニュアンスとかに影響してくんだよ」
「えへへ……どうせだからサプライズしたくって。一応、黒河さんの普段の色使いを盗んだつもりだったんだけど、そこは上手くいかなかったのかも」
「リップの色で変にチキらなかったのは正解。でも夕木の場合、頬骨隠しに顎のシャドウ入れてんだろ。あんまり彩度下げすぎると全体が暗くなる。髪色と相まってメンヘラってか病み系に片足突っ込んでる」
「な、なるほど……?」
挙がってくるフィードバックは、分かるような分からないような、微妙なラインを反復横跳びしている。
「……とは言いつつ、ここまで来たらもう好みの範疇だろーな。あたしみたいな同業が見なきゃわかんねーくらいの微差しかねー」
「ということは、合格でいいのかな?」
恐る恐る尋ねると、未有の口元が三日月型になった。思えば、笑顔で彼女の歯を見たのは初めてのことだったかもしれない。
「だから及第点だっつってんだろ」
表情から間違いはなさそうだったが、念には念を、と索理は問い直す。
「……及第点ってどっち? おまけ合格? ギリ不合格?」
「そういやこいつ、マトモに授業も聞いてないアホだった……」
索理は肩を落として脱力する未有と二人、同じ顔を並べて笑いあった。




