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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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女装と幼馴染と通学路

「いよいよ学園祭当日だね、サク!」


「ふぁん……」


 並んで通学路を歩く藍の朝の眠気を吹き飛ばすような快活な声がする。その明るさだけが、索理の瞼が降りるのをギリギリのところで食い止めている。返事なのかあくびなのか曖昧な音を発しつつ、藍の背中だけを頼りに足を動かす。


「もー、そんな調子じゃ転んじゃうよ? せっかく頑張って準備したのに、怪我して参加できなかったら確定で損だし! だからほら、起きて起きて!」


「だいじょーぶ……ちゃんと起きて……ぐぅ」


「首がガックガクですけど! サクってあれだっけ、遠足の前日眠れないタイプ?」


「今日のメイク考えてて……普通に夜更かししたぁ……」


「そんなのもっと前から準備できたでしょ! 夏休みの宿題といい、相変わらず計画性が欠けてる……」


 まったくもう、と言わんばかりのため息が聞こえる。


「まったく、サクがいつもより早く登校するって言うから、朝起こして付き合ってあげてるのに」


 藍の言う通り、普段ならばようやく起きてきてメイクに取り掛かっている時間だ。この道を歩くのは、本来ならば一時間以上あとになってからのこと。


 というのも、今日のメイクには秘策を擁しているのだ。


 クラスの出店ではコスプレをするとはいえ、登校時は必ず制服着用のこと、という校則の例外にはならない。異性の制服を常用していてもお咎めがないのに、変なところで縛りがある。


 つまり登校してから用意した衣装へと着替えることになるのだが、索理はそのタイミングで自分の顔も作り替えるつもりだった。


「藍は偉いね……毎日早起きしてお弁当作って……」


「もう癖みたいなものだけどね。目覚ましかけなくても起きちゃうし。そのせいで、休日は『もっと寝られたのに!』ってなっちゃうんだけど」


「羨ましい……ボクなんてほっといたら昼間で寝てるよ」


「それってサクが夜更かししすぎなだけでしょ?」


「藍とおんなじで、もうそういうサイクルになっちゃってる気がする……」


 日差しを浴びると本能的に目が覚める、なんていう話もあるらしいけれど、索理に限ってはそれは当てはまりそうにない。外が明るくなってから眠る生活を繰り返しているせいか、むしろ太陽=寝る時間、という風に深層意識に植え付けられてしまっている可能性すらある。


 僅かな思考リソースをくだらない方向に向けていると、その間に藍はガサゴソと鞄を漁っていた。


「このままじゃ仕方ないから、これあげる。口開けて?」


「っ?」


 唇に何かが当たっている感触がある。


(藍のことだから変なものじゃないはず。飴か何かかな……)


 半ば無意識に口を開くと、藍の手がその物体を口の中へと進入させていく。軽く歯に当たったそれが、カロッ、と小さく音を立てる。遅れて味覚が追い付いてくる。


「……ッ辛ぁ!」


 僅かな甘みを打ち消すほどの辛味が味覚に襲い掛かって来る。強烈な威力を持った爽快感が、口の中に留まりきらず、ひんやりとした刺激を振りまきながら鼻へと抜けていく。


 反射的に吐き出しそうになるのをどうにかこらえつつ、元凶である飴玉を舌の上から逃がし、どうにか奥歯と頬の間に挟み込む。受け流せているとは言い難いが、溶ける速度は落ち、味蕾を直接攻撃してくる辛味は消えてくれた。


「こ、これは……ミント?」


「正解っ。目覚まし用のミントキャンディだよ。どうしても朝起きられない日のために持ち歩いてるんだよね。どう、一発で眠気が吹っ飛ぶでしょ」


「た、確かに吹っ飛んだけど、あまりにも荒療治すぎる……」


 口と鼻、そして目が顔の内側で繋がっていることがはっきりと知覚できる。口内から鼻腔を通り、涙腺を逆流して目頭までもがスースーする。目を開くと太陽の光が眩しすぎるけれど、その明るさに負けて閉じてしまうと今度はメントールの刺激が逃げ場を失って充満する。やむなく目を開けると、またしても朝の日差しに貫かれる。


 そんな堂々巡りを何度か繰り返して、索理の意識は眠りの淵から強制的に這い上がらされた。


 とはいえ一度起きてしまえばなんとかなるものだ。初撃こそ強烈だったミントキャンディも、慣れてしまえば案外美味しく食べられている。もう藍の背中を追いかける必要もないので、歩幅を広げて肩を並べた。


「あ、そういえばお弁当で思い出したけど、今日はお弁当作ってきてないからね。せっかくだから出店の方で食べようよ」


「だね。せっかくだからお祭りっぽいものが食べたいし」


「そ、それでね……サク?」


「うん?」


「えと……その、学園祭、一緒に回ってほしいんだけど……」


 絞り出すように声を発した藍の方を見ると、その横顔が赤く染まっている。妙に緊張したような表情を浮かべている藍に対し、索理は思っていることをそのまま言葉にした。


「え、うん。全然おっけー」


「ほ、ほんとっ!?」


 藍の顔がパッと晴れ、堰を切ったように語り出した。


「実はわたし、サクと回りたいとこいろいろ考えてて! お化け屋敷とか、脱出ゲームとか、もちろんスイーツのお店──」


「いいね。みんなで行ったら楽しそう」


「……」


 ぴたり、と言葉の嵐が止む。


「み、みんな……?」


「うん。というか、元々いつもの面子と一緒に回るつもりだったし。鞠理ねーちゃんも来る予定だしね。巡理は……この天気だとちょっと難しいかな」


 先ほど瞼をこじ開けてくれた日差しを感じつつ、肌の弱い妹を思い浮かべて苦笑いをする。


「というか、藍とかは他にもクラスに仲良い子がいるんだろうけど、ボクの場合は藍たちがいないとぼっち確定だからね。さすがに学園祭を一人で回るくらいなら、こっそり抜けて帰ってるかも」


「……せっかく勇気出して誘ったのに」


「うん、だから一緒に回ろうね」


「絶対分かってて言ってるでしょ! サクのバカぁ!」


 藍は地団太を踏みながらそう言い捨て、勢いよく走り出してしまった。大きな弁当箱を持っていないので、その足取りはいつもよりずっと身軽だ。


 一人残された索理は、溶けて小さくなった飴を噛み砕きつつ、小さくなっていく背中を眺める。


「……藍はたまに面倒くさいんだよなぁ」


 こんなでも一緒に回る約束は生きているのかな、と頭を悩ませつつ、索理は彼女が走っていった道を歩いていくのだった。

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