女装とカメラ女子とキャンプファイヤー
学園祭の準備も大詰めを迎えている。
索理が担当していた背景絵もどうにか形になり、仕上げは本職である演劇部の大道具班に託した。作業中に何度も奏士が茶々を入れて来て、それが単調作業のストレスを上回るイライラに直結していたが、もうそれに悩まされることもない。
「願いをささやく~、声にならないまま~……閉ざされたこの世界で~、動けない小さな私~……」
すっかり耳に馴染んでしまった、ミュージカル白雪姫の歌詞が無意識に口をついて出てくる。ペンキを塗りたくっている間、何度も劇の内容が聞こえてきてしまい、もはやメロディと歌詞を覚えてしまっていた。
特に頭から通しでの練習が始まってからは、うんざりするほど同じセリフを聞かされた。メイン役である王子、つまりは奏士のセリフもそれなりに多く、索理のメンタルを登場シーンのたびに逆撫でする。
奏士は本番も観に来て欲しい、と言っていたけれど、やはり展開も劇中歌も全て把握してしまっていては、新鮮な気持ちで楽しめる気がしない。多分、学園祭当日にこのステージを訪れることはないだろう。
各クラスの出店も仕上げに入っている中、あてもなく廊下を歩き回る。その時ふと、窓の外の運動場に何やら大掛かりなものが用意されていることに気付いた。
「なんだろあれ……」
積み上げ作業自体は人の手で行われているが、使われている資材はトラックで運び込んでいるらしい。明らかに学生以外の手が加わっている。
「木組みのヤグラとかかな……? それにしては強度が低そうに見えるけど」
「知らないんですかぁ?」
「っ!?」
ぬっ。そうとしか言い表せない飛び出し方で、突如索理の視界に人影が現れる。
「……原村さん?」
「はいはいどうもごきげんよう。同じクラスで実行委員なのに全然絡めなくて寂しがっている、ねいちゃーこと原村寧ですこんにちは?」
思わぬ登場に面食らう索理にも、寧はぐいぐいと詰め寄って来る。かと思えば次の瞬間、索理の視界が白く染まった。
「ぎゃっ」
ぱしゃり──一瞬遅れて、シャッター音が鼓膜に届く。
「い、いきなり何するの……絶対この距離で炊いていいフラッシュじゃない……」
視界がチカチカと明滅して、目を開けていられない。閉じた瞼をさらに手で覆いながら抗議する索理に、デジカメを構えた寧は自信満々に胸を張る。
「寧ちゃんの仕事は学園祭のナマの様子を写真に収めることですからねぇ! 自然体なとこを取らせていただきましたぁ。あ、ちなみにですが、ほっぺにペンキついてますよう」
「え?」
「あ、延びちゃうかもなので拭わない方が。ほら、ここにガッツリと」
撮影したばかりの一枚を表示させたデジカメの画面を寧が見せ付けてくる。そこには確かに、頬にべっとりと緑色のペンキがついた自分が、やや目を見開いた表情で写っていた。
「うげ、全然盛れてない……こんなの使わないで欲しいんだけど」
「えー、いいじゃないですか、準備に集中しすぎて汚しちゃいました、的な感じで! あ、寧ちゃんをねいちゃーって呼んでくれたら消してもいいですよ?」
「じゃあいいや」
「そんなに寧ちゃんを名前で呼ぶのイヤですか!?」
振りきれたテンションで、一人で勝手に悲喜交々を体現している寧。
そんな寧の話をぶった切って、索理は再び廊下の窓に目を向ける。
「それで、あれは一体何の用意をしてるの? 夜に盆踊りとか、そんな夏祭りみたいなスケジュールだったっけ?」
「え、実行委員の会議で言ってたじゃないですか。キャンプファイヤーですよ、キャンプファイヤー!」
寧ははきはきと答えつつ、組み上げ中の構造物にもカメラを向ける。
「まぁ、みんなで囲んで踊る、的な意味では同じかもしれませんが。有名ですよぉ、一緒に踊った男女はいい関係になれちゃうとか、なれちゃわないとか!」
「どっちなの……」
「まぁまぁ、あんまりはっきりさせすぎると気負っちゃう人もいますから。あくまで都市伝説的なサムシングでして、気軽に考えていただければと」
「ふーん……そんな適当な感じで用意するにしては、安全管理とか予算とか大変そうだけどね」
「会議での先輩たちの様子的に、今年こそはカットしようか、みたいな話は毎年上がってるみたいな雰囲気でしたけどねぇ。生徒会的には、万が一事故ったりしたら大変な騒ぎになりますし。ただ毎年、一年生からの要望が強いみたいなんですよねぇ。伝統なのに私たちだけできないのは嫌だー! ってな次第で、今年もほとんどごり押しで通したがった人がいるみたいですよい」
「熱量の高い人がいたもんだね」
「まぁ、準備と管理と片付けが面倒すぎて、その一年生も来年からは反対派に回ることがザラらしいんですけどねぇ」
その流れまで含めてウチの伝統ですかねぇ、と寧は付け加える。
「ボクには縁がなさそうな話だなぁ」
「そんなこともないのでは?」
他人事とばかりに呟いた索理に、寧は即座に否定の言葉を差し込み、索理の脇腹を肘でつついてくる。
「ほら、いつも一緒にいる子たちとか、誘ってみたらいいじゃないですか。いい思い出になると思いますよ? このこの」
「別に、藍たちとはそういう関係じゃないし」
「これからそういう関係になるかもしれないじゃないですか! ……あ、もしかしていつもの面子よりも寧ちゃん狙いでした? そりゃあ恥ずかしくてこの場じゃ言い出せないですよねぇ。失礼しましたっ、お誘いは大歓迎でお待ちしております! 常時!」
にしし、と目尻を垂らして笑う寧。からかわれているのは明白だった。索理の唇がツンと尖る。
ちょっとしたカウンターを繰り出したくなって、索理は負けじと口角を釣り上げた。
「お誘い待ちってことは、原村さんは今のとこ誰からも誘われてないんだ? ボクの心配してる場合じゃないんじゃない?」
「ぐさ!」
ニヤついていた表情を一変させ、寧は胸元を押さえてよろめいた。その落差がおかしくて、少しだけ心が躍った。ことあるごとにいたずらを仕掛けてきてはご満悦になる真宵の気持ちが少しわかった気がする。
ぺたり、と廊下に座り込んでしまった寧に、肩越しに優越の表情を見せつけてから、索理は彼女に背を向ける。
「ちょ、寧ちゃんの心を抉るのはナシじゃないですか!? あの、寧ちゃんもお誘いオーケーっていうかウェルカムですからね!?」
そんな迫真の声すらも心地よく感じて、索理は歌いかけだったミュージカルの続きを口ずさみながら廊下を歩いていった。




