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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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幼馴染と引きこもり妹

 元の服に着替えたわたしたちは、部屋にこもっていたサクも加えて、夕木家の前にいる。


 一通りの試着を終えて、気に入った服は巡理ちゃんがサイズを調整してくれることになった。そろそろ夕飯時となりそうな時間帯で、今日のところは解散となりそうな流れの中、サクと未有ちゃんがなにやら言い合いをしているみたいだ。


「だからぁ、黒河さんの場合ゴスロリ風じゃコスプレって言えないでしょ!」


「別にいいだろ、あたしがそういう系着るって知ってんのはお前らくらいだし」


「せっかくの学園祭なんだから、もっと特別な恰好してるのが見たかったのにぃ……」


 だってさぁ、と、サクが頬を膨らませる。


「ゴスロリ衣装をコスプレって言うなら、黒河さんの私服は全部コスプレってことになるけど。それともまいんちゃんはコスプレアカウントなんだったっけ?」


「そっちは今関係ねーだろーが。だったら何着たら満足なんだよお前は」


「うーん、例えば、思い切って男装してみるとか? けっこう似合うと思うなぁ」


 ニヤつくサクに、未有ちゃんが白い目を向ける。


「誰がやるか。お前じゃあるまいし……つかその理屈が通るんなら、夕木も普段からやってる女装禁止ってことになるが、それでもいーんだな?」


「えー……それはちょっと……」


「あたしからゴスロリを奪おうってんだ、そのウィッグくらい取ってもらわねーと割に合わねー、だろっ!」


「うあっ!? ちょ、ちょっと、いきなり何するのっ!」


「地毛じゃないんだから痛くないだろーが」


「ウィッグが傷むし心も痛むんだけどっ!」


「こらこら、二人ともあまり暴れるな。車が通りかかったら危ないだろう」


「そう思うなら黒河さんの方を止めてくれないかな!?」


 止めに入りつつ、密かに未有ちゃんの手に同調して、さりげなくサクの動きを制そうとする真宵ちゃん。


「そういえば、未有ちゃんも真宵ちゃんも、サクの女装以外の恰好を見たことがないんだっけ。そりゃ気になっちゃうよねぇ」


 わたしはそんな様子を眺めながら、開け放たれた玄関ドアの内側で、巡理ちゃんと上がり(かまち)に腰を下ろしている。


 夕暮れとはいえ完全に日が暮れているわけじゃない。夕方は太陽の高さが低くなって、直接目に入る光の量が多くなる。紫外線を防ぐ色素を持っていない巡理ちゃんにとっては、失明のリスクすらある、一日の中でも特に危険な時間だ。


 いっしょに楽しみたいとか、今は一人でいたいとか、いろいろな気分の時があるけれど、巡理ちゃんはどうしたってあの輪に混ざることはできない。こうして三人がはしゃいでいるのを傍から眺めていると、巡理ちゃんが普段から感じている寂しさが少しだけわかる気がする。


 だからこそ、こうして一緒にいてあげたいと思ってしまうのだけど。


「……藍さん」


「ん、何かな」


 巡理ちゃんの呼びかけに応じる。てっきり話題は今日の衣装合わせか何かだと思ったのだけど、巡理ちゃんが口にしたのは全く別のお話だった。


「……索理にぃのこと、今は『サク』って呼んでるんだ」


「あー……」


 別に痛いところでも何でもないのだけど、意外な話題に少し言い淀んでしまう。

「そうだよね、巡理ちゃんの前でそう呼ぶのは初めてだもんね。違和感あるよね」


「……昔みたいに『さっくん』って呼ぶのは、やめたの?」


「やめた、っていうか……サクが嫌がるんじゃないかなって思って。ほら、サクって高校に入って変わったじゃない? それこそ高校デビューっていうか」


「……ん。それまでは女装とかしてなかったし」


「だからさ、サクは昔の自分なんて吹っ切って、新しい自分になりたいんじゃないかなって思って。せっかく見た目のイメチェンして、性格も前より明るくなったのに、昔のニックネームで呼ばれたらどう思うんだろう……そう考えた結果、その呼び方は封印することに決めたんだ」


 長い間心にしまっていた気持ちを、巡理ちゃんにだけ、少しだけ手渡してみる。


 本当のところ、わたしは未だにサクがどうして女装を始めたのかよく知らない。今と同じくクラスメイトだった中学時代。一分で行き来できる距離の家。


 これだけ近くにいるのに、サクの心身に何が起きたのか、わたしは何も知らない。聞いていいのかも分からない。


 改めて気付く。わたしが自然にサクに触れられなくなったのも、きっとその間に起きたことだ。


 今までずっと、家族みたいな距離感で触れ合ってきたサクが、遠くに行ってしまったように感じたのか。それとも、わたしの知らないサクがいることを目の当たりにして、怖くなったのか。


 考えても答えは出ない。


 初めて女装したサクを見たその時から、それまで当たり前に呼んでいた『さっくん』という言葉が急に喉につっかえるようになった。それだけが確かだ。


「……めぐりは索理にぃのこと、ずっと索理にぃって呼んでるけど」


「いいんじゃないかな? これはわたしが勝手にやっているだけだし」


 正確には、勝手にやっているわけじゃない。勝手にそうなってしまっている、が正しい。


「巡理ちゃん的にも、今の明るめなサクのほうが話してて楽しいでしょ?」


「……それはそう。友達もできたみたいで安心した。代わりに、めぐりとゲームで遊んでくれる時間は減ったけど」


「最近のサクはメイクにご執心だもんねぇ」


「……でも、あんな風に楽しそうにできてる索理にぃを見てたら、めぐりも安心する」


「……そうだね」


 玄関先では、どうにかウィッグを死守しようと躍起になっているサクと、人数差を利用して挟み撃ちにしようとしている未有ちゃんと真宵ちゃんによる、二対一の戦いが繰り広げられている。


「……それに、索理にぃのことをちゃんと考えてくれてる藍さんが、索理にぃのそばにずっといてくれるのなら、もっと安心できる」


「あはは……残念ながら、それはまだ確定、とは言えないかなぁ」


 サクのことを考えているとどうしても、カラオケボックスで放たれた拒絶が脳裏をチラつく。


 サクは、自分にとって必要なものを選別するようになった。幼馴染の自分ですらその枠から外れても構わない、と考えているサクの中には今、いったい何が残っているんだろうか。


 はぁ……結局わたしって、サクの大事なことを何にも知らないんだよなぁ。

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