引きこもり妹とライバル関係
巡理の部屋で衣装を選び出していた面々から、一人が欠けている。
それぞれが何着かの候補を決め、一旦身に着けてみようか、という方向性で話がまとまった矢先、索理が当然のように自分から部屋を出ていったのだ。
女装男子たるもの、絶対に踏み越えてはならない一線というものがある。そんなことを言い残して去っていった索理は、真っすぐ自室に戻ったらしい。
そんなわけで巡理の部屋にいるのは正真正銘の女性陣のみで、そこはさながら臨時の女子更衣室と化していた。
ひとまず着ていた服を脱ぐところから始めている藍たち。巡理は下着姿になった三人が脱いだばかりの服を手に取ると、裏返してタグに書かれているサイズを確認し、メモを取っている。恐らく後でお直しをするときの参考にするのだろう。
藍はさっそく、候補に選んだらしいどこかのパン屋の制服風衣装に袖を通しているが、ポロシャツの上に着るワンピースっぽいエプロンがつっかえてしまっていた。ぐいぐいと引っ張って下ろそうとしているが、伸びきってしまっている生地が軋みという名の悲鳴を上げている。
「うーん、ちょっと胸元がキツいかも……」
「おい織部、あんま無理に引っ張ったら破れるんじゃねーか?」
「……それ、索理にぃサイズだからバストサイズ合わないと思う。というか、ほとんどの服はめぐりか索理にぃ用だから胸元は抑えめに作ってて、この部屋に藍さんのおっぱいが収まる服は……」
巡理が自分の身体に目を落とし、引っかかる箇所のない胸元をなぞる。
「ご、ごめん、そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど……」
「……わかってる。一応、鞠理ねぇ用に作ってある服がいくつかあったはず。種類はないけど、そっちなら入るかも」
「ありがと、巡理ちゃん」
引っ張り出した大きめの衣装を藍に受け渡してから、巡理は改めて部屋を見回す。
「……みなさん、索理にぃのお友達、なんですよね」
「ああ、クラスメイトで友達だな。学校でもよく話すし、お昼は一緒に食べることが多い」
「右に同じく。逆に、あたしたち以外とは壁ありまくり、って感じだけどな」
着替えの片手間に二人から返される言葉に、巡理はなぜか神妙に頷く。
「……じゃあみなさんは、索理にぃのことが好きなんですか?」
「ぶっ」
即座に噴出したのは真宵だった。
「ななな何を言う。いやもちろん友人としてはよき関係を保ちたいとは思っているが好きとかそういう感情に至るかと言われるといや無論嫌いというわけではなく魅力的ではあるのだが恋愛感情がどうこうというところまではだな」
「……呪文? でも、今の反応でよくわかった」
「むぅ……」
一瞬面食らったように目を見開いた巡理だったが、真宵が一瞬にして耳まで真っ赤になっていることに気付き、くすくすと口元に手を添えて笑う。
そんな真宵の赤面とは対照的に、未有は冷めた目できっぱりと告げた。
「言っとくがあたしはそーゆーんじゃねーからな。あいつがメイク教えて欲しいって言うから付き合ってやってるだけだ」
「……なるほど。それでも、ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げる巡理。絹糸のような髪が遅れて動きについてくる。
「……索理にぃが高校でうまくやっていけてるみたいでよかった。今までは藍さん以外、お友達とかいなかったから」
「まぁ、自分から人に近付いてく、ってタイプじゃなさそーではあるしな。新しい環境とか苦手なタイプだろ」
「……昔はいつも鞠理ねぇか藍さんにぴったりくっついてるか、誰かの影に隠れてたので。めぐりみたいにお外に出られないわけでもないのに、もったいないなって思ってたんです」
ちょうどそこで借りものの服の襟口から顔を出した藍が、ぷは、と息とついた。
「確かに昔のサクってそんな感じだったからねぇ。ちょうど小学校に上がったくらいの頃だったっけ、人見知り発症したの。それまでは保育園とかでも、みんなと楽しく遊べてたと思うんだけど」
「……そんな索理にぃが、おうちにお友達を連れてきて、学園祭にも積極的に参加してるみたいで。妹としてひと安心、です」
「夕木は妹にまで保護者面されてんのか。つくづく頼りにならん兄貴だな」
「そんな索理に世話を焼きたがる私たちも大概だがな」
「……これからもいっぱい助けてあげてほしい、です。わがままで自由奔放な兄ですが」
ただ、と巡理が言葉を区切る。藍のそばに寄っていくと、その身体にぎゅっと抱き着いた。女の子らしい柔らかな感触をほおずりで堪能し、赤色の目をうっとりと細めている。
「め、巡理ちゃん? 急に抱き着かれたらびっくりしちゃうよ」
驚きながらも、自身の胸元くらいにある巡理の頭を優しく撫でつける藍。さらにほおずりを加速させながら、巡理は真宵へと目を向けた。
「……めぐりはずっと藍さん推しなので、真宵さんとはライバル、です」
「っ、わ、私は別に」
「なに照れてんだ。カラオケではあたしの前で堂々と宣言してたくせに」
露骨な反応を面白がるように、未有が茶々を入れる。
「相手が友人か本人の家族かでは話が変わってくるだろう……まぁいい、確かにそこまで騒ぐような話ではなかった」
諦めたように目を閉じてため息をひとつ。瞼を上げた真宵の眼差しからは、動揺が消えていた。
「巡理さん、私も藍と同じように索理のことが好きだ。戦う、というほどぶつかり合うわけではないが、いずれそういう形になるかもしれない。どちらが索理の心を掴んだとしても、恨みっこなしだ」
「……ん。めぐりも藍さんを全力サポートする」
二人の視線の交わりが、ぱち、と静電気のような火花を散らす。そこにあるのは敵意ではなく、巡理が口にした通り、ライバルとしての競争心だ。
「どいつもこいつも、夕木のどこがそんなに気に入ってるんだか……」
いつの間にやら蚊帳の外に追いやられた未有は一人、黙々と着替えを進める。無数の留め具をぱちぱちと留めて行きながら、手癖でゴスロリ風衣装を選んでいたことに気付いて苦笑した。




