女装男子とコスプレ衣装
索理と未有が遅れて部屋に入ると、そこでは既にウォークインクローゼットに身体ごと突っ込んだ巡理が、コスプレ用の服を選び出しては次々と床に放り投げていた。
職人の部屋と汚部屋のちょうど中間に点を取ったような部屋が、服が散らかることでどんどん汚部屋寄りになっていく。
「なんか思ったより扱いが雑だな……服好きの扱い方じゃなくねーか?」
「まぁ、巡理の部屋の床って、見ての通り布まみれだから。服同士が触れ合ってるクローゼットと本質的には変わらないんじゃないかな?」
「だとしたって、細かい糸くずとかは落ちてんだろ。ほら」
未有はちょうど足元に落ちていたらしい小さな糸くずを目ざとく見つけ、しゃがんで拾い上げた。
その姑じみた小言を耳にした巡理が、無数の服の間からひょっこりと顔を出す。
「……大丈夫。学園祭当日までには洗濯しておくから。それに、お直ししてたらどうせ糸まみれになる」
「まぁ、持ち主本人がそう言うんなら、あたしから文句はねーけど……それにしてもすごい数だな。ほんとに夕木妹が一人で作ったのか?」
「そだよ!」
答えたのは巡理ではなく、床を覆う布地の上に遠慮なく座り込み、本格的な刺繍が施されたチャイナ服を持ち上げている藍だった。
「巡理ちゃん、この年で腕前はプロ級なんだから。通販サイトで売ったりしたお金で新しい布買ってるんだよね」
「へぇ……このクオリティを量産となると、骨が折れそうだがな」
「……一回型紙を作っちゃえば、わりとどうにかなる。クッキーの型抜きするみたいな感じ」
「──と、巡理ちゃんはよく言ってるんだけど、実際は一枚一枚、ハサミで切り出していくんだよねぇ。クッキーなんかより確定で大変だよ」
「……藍さんのクッキーもプロ級にかわいくて美味しい。藍さんもすごい」
巡理は口元を袖で隠しつつも、その目元は嬉しそうにとろけている。
もう一人がやけに静かだと思い、索理がそちらに目を向けると、布の山をかき分けてどうにか床を掘り出し、自分のスペースを作り出した真宵がいる。彼女は季節外れのサンタ服を手に難しい顔をしていた。サンタ服とはいっても全身を真っ赤に包むほどの布面積はなく、むしろどちらかと言えばビキニに近しい。
「真宵……それ気に入ったの? 意外なセンスすぎる。どう見てもおへそとか太ももとか全開になるけど」
「ち、違う! こんな破廉恥なものを着て接客などできるものか。いや、それ以前にこれは服なのか……?」
羞恥と疑問符が点滅を繰り返している。そんな真宵を見つつ、藍が思い出したかのように手を打つ。
「そういえばクラスの子が言ってたけど、学園祭中はクラスの宣伝も兼ねて、店番中以外もコスプレで出歩こうって話になったみたいだよ」
「余計に着る気が失せたな。こんな服、ほとんど露出魔ではないか。……ああすまない、服自体を悪く言うつもりはないんだが、やはり学校という場にはそぐわないと考えていただけだ」
「……めぐりも、それはちょっとやりすぎたと思う。でも、美人でスタイルもよさそうな真宵さんなら、着こなせる、かも」
「喜んでいいのかわからない評価だな……」
苦笑いで今一度ビキニサンタ服を見つめる真宵に、巡理がくすくすと笑いかけている。さっきまでの緊張した様子はきれいさっぱり消えていた。自分の土俵に持ち込んだことで、少し気を許すことができているのかもしれない。
「さて、ボクもそろそろ選ぼっかなぁ……げ、バニースーツまである。カチューシャ耳と丸い尻尾もついてるし。なんでこんなのまで……?」
「……それは確か、依頼をもらって作ったやつ。特殊な素材を取り寄せた関係で生地が余ったし、せっかくだから手元にも残しておこうと思って、二着作った」
「確かに、このラバー素材? みたいなのは他の服に転用できなさそうだもんね。『ボクに着せようとした』みたいな理由じゃなくてよかったよ……」
「……サイズは索理にぃ用で作ってある、けどね」
「絶対に着ないからね。女装男子は基本的に、こういう肩まわり何もない服とバチバチの関係なんだから」
自身の肩幅を気にしながらため息をつく索理に対し、巡理の目がギラリと光った気がした。
「……わかってる。だから索理にぃは、こっちの逆バニーを」
「えええ何そのバニースーツと布面積を反転させたみたいな服! っていうかそれも服なの!? ほとんどアームカバーとハイソックスしかないように見えるけど!?」
巡理が持っていたのは、普通のバニーならば隠れているはずの箇所が露わになり、露わになっているはずの箇所が隠れているというぶっ飛んだ衣装。素材には元と同じ黒いラバー素材が使われている。バニースーツはまだギリギリ服としての体を成していると言えなくもないが、これはもはや服とすら呼べない。単体で着用することを想定されているはずがないつくりをしている。
「……肩と胸元が空いてるバニーとは逆だから、ちゃんと肩回りに布地がある。索理にぃなら着こなせるはず」
「それ以前の問題だからね!? 学園祭どころか家でも着られないからこんなの!」
そもそもどういった場面で着ればいいのか分からない服を、巡理からぐいぐいと押し付けられるように渡され、索理は改めてその異質さに戦慄していた。
器用に一つのハンガーにまとめられたそれを掲げながら、眉をひそめて藍たちに呼びかける。
「ねぇ、みんなだってこんな服おかしいと思うよ……ね?」
てっきり揃って同意をもらえると思っていたのだが、三人の反応は三様だった。
「なるほど、サクが逆バニー……サクバニー……ちょっと見てみたいかも」
「割と似合うんじゃねー? あ、手で隠すの禁止な」
「……ぐはっ」
口元を手で覆い隠しているが頬の赤みが隠しきれていない藍と、含み笑いで弄りに来る未有、そして逆バニー姿の索理を妄想し、勢いよく鼻血を噴き出して仰向けに倒れ込む真宵。
「あれ、みんなってボクが思ってる以上にヤバい……?」
全員が索理にこれを着せる方向で考えていることに、思わず身震いする。
「……わくわく」
製作者である巡理ははじめから乗り気だ。今日のお風呂上がりで着替えがすり替えられていたらどうしよう。
これを着るくらいなら、まだ全裸で服を取りに行ったほうが恥ずかしくないのではないか……と最悪の天秤を思い浮かべながら、索理は自分の手でそれをクローゼットの奥深くに封印した。




