女装男子と引きこもり妹
妹の夕木巡理は服のオタクである。
普段着からオシャレ着、季節ものの浴衣やパーティに着て行けるようなドレス衣装まで、服と呼べるものならばあらゆるジャンルに精通しているスペシャリストだ。
そんな巡理に誘われて、索理は久しぶりに彼女の部屋へと足を運んだ。
巡理は紫外線を浴びられないという体質上、普段は厚手の遮光カーテンを閉め切った部屋で生活していて、中学校にもまともに通うことができていない。
カリキュラム自体は通信教育でこなしているけれど、学校で友人と語らったり、いっしょに遊んだりするといった当たり前の学生生活を送ることは難しい。そんな巡理が持て余した時間のほとんどを費やしているのが、服飾というカテゴリである。
「いつも思うけど、すごい部屋だね。プロのファッションデザイナーみたい」
「……どっちかっていうと、めぐりは設計者寄り。デザイン自体は、ネットで拾ったモノのオマージュが多いし、縫製のほうはまだまだ」
謙遜している巡理だが、元から真っ白な頬に紅が差すとすぐにわかってしまう。
だが索理の感想は紛れもない本心だ。巡理の部屋を一目見て、これは中学生の自室だと確信をもって言える人はこの世に存在しないのではなかろうか。
床のいたる所に使いかけのルース生地──布地を棒に巻き付けてまとめてあるもの──が転がっているし、部屋の真ん中にある作業用のテーブルには大掛かりなミシンのほか、作りかけの服のパーツやリボンなどの装飾物、それを作るために使ったであろうハサミや糸が散乱している。
勉強机に広げられているのは、教科書やノートではなく薄い方眼紙だ。その横には何冊ものスケッチブックも積み重なっている。服のデザインを考え、実際に形にするための型紙を生み出す道具たちだ。設計者を自負する巡理が得意とするのは、どちらかというとこちらの机での作業ということになる。
そして何より、閉め切られた遮光カーテンと常時点灯中の部屋照明だ。気持ちが続く限り作業に没頭してしまうような、仕事ジャンキーじみた職人の雰囲気が漂っている一番の原因だろう。
そんな部屋の主である巡理は、深まりつつある夜に合わせた薄手のパジャマを着ている。もちろんこれも自作で、全体的にふんわりとした余裕があるのが大きな特徴だ。黒をベースとした生地は巡理自身の儚い白さをより際立たせているようで、単純なモノクロの対比によって作り出される存在感の大きさに、思わず目を引かれる。
色や模様が生み出す効果だったり、シルエットによって相手に植え付けるイメージだったり、巡理は既にそういったディテールを詰めるところにまで踏み込んでいるらしい。運動不足で華奢すぎる身体をしている彼女だが、どういうわけか見ていて不安に感じることは少ない。これで独学だというのだから驚きだ。
「……索理にぃ、コスプレって、何系?」
「何系、って指定がないところが逆に難しくて。学園祭のコスプレ喫茶で使うやつだし、あんまり露出度が高くなくて、動きやすいのだといいかなぁ」
「……ん、りょかい」
巡理は床に転がった布生地の間を、飛び石を渡るように器用に避けていく。あっという間にクローゼットに辿り着くと、無数のハンガーにかけられた服をかき分け始めた。
「……コス衣装だと、ここ数か月で作ったのがいくつかあったはず。その中で索理にぃっぽいのだと……」
索理が女装を始めると知った時、巡理の反応は好意的だった。
巡理が外を出歩ける日は限られている。天気の悪い日に鼻歌混じりで出かける準備をしているのを見かけると、索理は時々憐れみの目を向けてしまいそうになる。どうせなら巡理も、気持ちいい日差しを感じられる日に出かけたいだろうに。
巡理にも同じ気持ちがあったのかは分からない。けれども、巡理は索理の女装にかなり協力してくれている。
自身が出歩けない反動か、それとも作った服を誰かに披露したいという欲求か。
兄が女装を始めると知るや否や、自室から大量の服を抱えて部屋に乗り込んできた記憶がある。「鞠理ねーちゃんに着てもらえばよかったのに」という至極当たり前のセリフに対する答えは、「……鞠理ねぇとは骨格タイプが違うから、めぐり用の服を着せても映えない」だった。今なら少しだけ理解できる概念だけれど、当時は女装初心者だったがゆえに聞き流していた気がする。
「……ん、これとか? 給仕係といえばコレ」
巡理が一番に引っ張り出してきたのは、誰の目にも明らかなメイド服だった。ただし、長袖に床に届きそうなロングスカートで、フリルのような遊び心は一切なし。エプロンとしても庭仕事の作業着としても使えるような、オールドタイプのそれだ。
「……ちなみにセットの靴も、用意してある」
「可愛いは可愛いんだけど、ちょっとスカートの長さが気になるかな。飲み物とか持って転んだら目も当てられないし」
「……じゃあ、逆にこっち?」
「お、それってこの前、巡理がハマってたアニメキャラのドレス? すごくフリフリで可愛いしクオリティが高すぎるんだけど、まだ暑いし汗かいちゃいそう」
「……確かに。めぐりがあんまり外に出ないから、気が利いてなかった」
巡理はがっかりするでもなく、淡々と次の候補を探す。索理はそんな背中に声を投げかけた。
「あのね、実はボクだけじゃなくて、他の友達のコスプレも用意できないかな、って思ってて。ほら、藍とか」
「他の……? 藍さんは大歓迎、でも、めぐりの服って女の子向けしか……」
「見繕ってほしいのは女の子ばっかりだから大丈夫だよ。男友達とかいないし」
ぴくり、と、巡理の肩が跳ねたような気がした。
「……索理にぃって、女の子の友達多いんだ?」
「多いってわけじゃないけど……まぁ、率は高いかな?」
「……これは、藍さんも苦労をする」
ため息をつく巡理。言っている意味は索理にはよく分からなかったが、衣装については協力してくれるということでいいのだろうか。
多くの時間を費やしていることもあって、巡理の服作りは相当ペースが速い。気づけば一週間で完全新作を二着、三着と仕上げていたりもする。
そんな巡理のクローゼットには大量のコレクションが眠っていて、そのほとんどが日の目を浴びていないのだ。そのジャンルはおよそ服と呼べる範囲を網羅していて、コスプレに使えそうなものも多数。そして巡理も、それらが誰かに着られる日が来ることを望んでいる。
利害が一致していた。
唯一問題があるとすれば、巡理は索理に負けず劣らず、人とかかわった経験が少ないということだけ。自分から拒絶しているわけではなく、単純に機会が少ないせいだ。
念のため、事前確認をしておく。
「明日、藍たちを連れてきてもいいかな? どうせならボクの衣装もその時選ぼうかなって。あと二人くらい、巡理が知らない人も来ると思うけど」
「……作った服を着てもらえるなら、たぶんだいじょぶ」
そう答える巡理は、期待と不安がちょうど半々といった表情をしていた。




