女装男子とカメラ女子
いきなり飛び込んできたニューフェイスを前に、索理は思わず顔をひきつらせた。
瞼をぴくぴくとさせている様子を見て、寧がカメラを下ろして首をかしげる。
「ありゃま、お邪魔でしたかねぇ? 夕木くんっていつも机に突っ伏してるから、起きてる今がチャンスとばかりに凸してみた次第なんですけど……もしかして、いわゆる『イイ感じ』のタイミングでしたかね。でしたら、まっこと申し訳ない。伊澄さんにもごめんなさい。ぺこり」
わざわざ口で効果音を付け足し、おさげが前に降りてくるほどの勢いで、寧は大仰に頭を下げた。
「い、いいや、そういうわけではないが……索理、寧はちょっとテンションが振り切れているが、中身はただのカメラフリークだ。そんなに警戒しなくてもいい」
「別に警戒してるわけじゃないけど……」
半分は嘘だ。
索理──の手を勝手に挙げた真宵──と寧、どちらが先に実行委員に立候補したのか、その時系列は今となっては分からない。だが同じ実行委員になったくらいで、今まで交流もなかった索理にこうして親しげに近づいてくる寧が、索理には不気味に思えてならない。
「っていうか……真宵、実行委員は各クラス一人だけ、って言ってなかったっけ? どっちかが立候補した時点で締め切りになるか、抽選になるんじゃないの?」
「各クラス一人はあくまで最低ラインだからな。学園祭の運営は毎年人が足りていないんだ。特に原村のような、自発的なやる気のある人材は大歓迎だ」
「ここにやる気のない人員が約一名」
「数合わせでも構わないくらいには仕事が山積しているんだ。人手が増えるだけで十分ありがたい」
「ボクからすればいい迷惑だよ……」
「はいはーい寧ちゃんはやる気ばっちりですよぅ!」
満足げな真宵に同調するように、寧がカメラを手にぴょんぴょこと跳び回る。未有と張るレベルの小柄さから繰り出されるその仕草は、まるで小動物みたいだ。
そんな彼女にやや冷めた目を向けつつ、索理はようやく寧に直接言葉を投げかけた。
「えっと……原村さんは見た感じ、撮影担当志望って感じなのかな?」
「ですねぇ。見ての通り」
寧は索理からの視線の色を気にかける素振りもなく、カメラを示して屈託なく笑ってみせる。
「元々、いろいろな瞬間を写真に収めるのが大好きで! 今の時代、スマホにもカメラ機能がありますし、年々クオリティが上がっていっていますが……やはりカメラで撮ってこその魅力というものがあります。寧ちゃんが学園祭で活躍するならここしかない! ……とばかりに、思い立った次第ですなー」
「じゃあ、実行委員には元から立候補するつもりだったんだ」
「ですですー。知ってますか、後夜祭には撮影された写真が映像に編集されて、エンドロールみたいに流れるんですよ! 感動演出にお涙待ったなし!」
「できれば知らない方が感動してたかもしれないかな……」
「夕木くんはネタバレに厳しいタイプでしたか、失敬失敬」
芝居がかった口調で、寧は口の前でバツ印を作ってみせる。もう遅いと思うけれど。
有名な白いウサギのキャラクターみたいになっている寧に対し、真宵が思い出したように言う。
「原村は確か、この学園に写真部を創設したいのだろ?」
「おや、よくご存じで。話したことありましたっけ?」
「生徒会の会議で俎上に上がっていたからな。部員不足で却下されていたが」
「なんすよねぇ。何よりパーティメンバーが少ないのが目下の課題でして。ポスター貼って募集かけたりとか、自分の足で探したりするのにも限界がありますし……そこで!」
ぐっと拳を握ると共に、寧が発する声のボリュームが一段階大きくなる。
「学園祭で素敵な写真をいっぱい撮って、写真の魅力に気づいてもらって! まだ見ぬお仲間さんの方から逆に見つけてもらうことにしたのでした! 名付けて、逆☆指名大作戦!」
「はぁ……」
よくわからない理論を振りかざす寧に、索理は曖昧に息をついた。
「まあ実際、写真担当は原村以外にも何人かに受け持ってもらうことになるだろうからな。普段は声をかけづらいであろう上級生もいるだろうし、これを機に写真に興味がある生徒に狙いをつけることもできるはずだ」
「はい、もちろん味方も遠慮なく狙い打っていく所存ですとも。と、そんなわけで、寧ちゃんは今からやる気満々なのでした。よろしくお願いしますねぇ、夕木くん!」
寧の弾んだ声は、語尾に音符マークを付けても違和感がないくらいだ。
「あはは……よろしく、原村さん」
「寧と呼んでいただいても構いませんよ? むしろ親しみを込めて寧ちゃん、いや……ここはひとつ、ねいちゃー、とでも!」
「それはちょっと……」
必死の苦笑いでかわす索理に対し、意にも介さず詰め寄って来る寧。
(苦手なタイプかもな……原村さん)
眼鏡におさげといった特徴から、少しばかり自分と似た陰のオーラを察知していたのだが、今の彼女からは、降り注ぐ日差しのような眩しさしか感じられない。
真宵と二人で矢面に立ってもらうことはできそうだけれど……残念ながら、気は合いそうになかった。
「ちなみに、夕木くんはなんの担当を狙ってるんです? もしアレなら、寧ちゃんと一緒に写真、撮りませんかぁ?」
「いや、そもそもボクはそんなにやる気とかないし……地味な裏方仕事があれば、そこに収まろうかなって」
「地味かはさておき、カメラマンは裏方寄りですよ? 撮ってる自分は映りませんし、みんなが楽しんでる輪を外から眺める立場です。割とご希望通りでは!」
「考えておこうかなー……」
主に、撮影担当以外の方向で。流れで部活動に勧誘なんてされたら、それこそ目も当てられない。
寧のどこからともなく湧き出るハイテンションには、とてもではないが付き合いきれる気がしない。彼女に対する索理の印象と立ち位置が、概ね決定づけられた瞬間だった。




