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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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女装男子と学園祭実行委員

「それで、これは一体どういうことなのかな」


 感情のままに頬を膨らませ、眉が吊り上がる。


 薄桃色の髪を逆立てる勢いで、夕木索理は怒りを露わにして仁王立ちしていた。


「……すまない、ほんの出来心だったんだ」


 目の前にいるのは真宵だった。


 時刻は既に放課後、いつもなら彼女は部活か生徒会で活動している時間だ。今日もどちらかに向かわなければならないのだろうが、索理の剣幕に、さしもの真宵もたじたじといった風だった。


 普段の自信に満ちた居住まいに比べ、ずいぶんとしおらしい態度で自分の席に収まり、縮こまるように肩をすくめている。心なしか、トレードマークのポニーテールまでもが小さく萎れているように思える。


「謝って済むんならこんなに怒ってないよ。いたずらにしても度が過ぎてるって……どうしてくれるのさ、学園祭の実行委員だなんて」


 時間は少しだけ遡る。


 発端となったのはついさっき、帰りのホームルームで行われていたらしい、学園祭実行委員の担当を決める話し合いだった。らしい、というのは、相も変わらず索理はその時間を睡眠時間にあてており、まったく参加していなかったためだ。


 ふいに名前を呼ばれた気がして顔を上げてみれば、周囲から妙に視線を集めていた。そのどれもがぎょっとしたような、どこか驚きのニュアンスを含んでいる。


 何事か、と訝しみながら正面を見てみると、黒板には白チョークで書かれた『学園祭実行委員』の文字と、その横に並ぶ自分の名前があった。


 寝起きで突然、困惑の渦中に放り込まれたことに唖然としていると、後ろの席に座る真宵が「頑張れ索理」とばかりに、妙にツヤツヤとした顔で肩を叩いてきた。


 その様子を不審に思い、索理が一部始終を尋ねたところ、真宵が二人羽織りのような形式で索理の身体を操縦していたことが判明した。


 結果として、索理は真宵の手によって、ほとんど強制的に実行委員への参加が決定してしまったのである。


「実行委員とか、絶対面倒に決まってる……学園祭自体、全っ然興味もないし」


 クラスでもアンタッチャブルな立場に収まっている索理からすれば、学校でのイベントごとに積極的な参加をするつもりはなかった。もうすぐ学園祭の準備が始まることくらいは把握していたが、せいぜい回ってくるのはクラスで行う出店の店番くらいのもので、自分には関係ないだろう、と高をくくっていた。


 それが一転、学園祭の運営に携わる役回りである。


「大体、どうして勝手にボクを参加させようと思ったのさ。ボクがそういうのやりたがらないって知ってるよね。それにボクが実行委員なんてやっても、真宵にメリットなんてなくない?」


「それは違う」


 弁明するように、真宵が縋るような目線で見上げてくる。


「もちろん、学園祭は実行委員が主導になって作り上げられるが、生徒会が担う割合も大きいんだ。予算の割り当てのほか、ステージの管理や写真撮影、各クラスの見回りなんかも担当することになっている」


「そうらしいね。学園祭はその年の生徒会の集大成だとか、実行力が問われるとか言ってたっけ」


「だが例年、生徒会だけでは手が回らないことも多いし、各クラスに情報を伝達する役割も必要になる。だが生徒会に所属している生徒が、必ずしも各クラスにいるとは限らない。そこで、ひとクラスにつき一名以上の実行委員が必要になってくるわけだ」


「……それで?」


「つまり、だな……その」


 そこまで悠長に語っていた真宵が、気まずそうに目を逸らす。


「索理と一緒に、学園祭を盛り上げてみたかった……と言ったら怒るか?」


「はぁー……」


 ようやくお出ましとなった真宵の本音に、索理はいからせていた肩から力を抜いた。


「……まぁ、もう決まっちゃったみたいだし、怒っても仕方ないけど」


「本当かっ!」


 一気に表情が晴れた真宵に念を押すように、索理は「ただし」と続けた。


「クラスに情報伝達とか、前に立って司会とか、そういうのはやらないからね。表に出ない裏方仕事だけとかなら、まぁなんとかなるかな」


「その辺りは私がサポートしよう。委員長も兼任しているわけだし、私が前に出ても違和感はないだろう」


「そういうことなら……」


 苦汁を飲み下すような顔をする索理の頬を、真宵の両の手のひらがふわりと包み込んだ。


「そう言えば、ステージではミスコンも開催されるらしいぞ。索理が参加すれば、いい線いくんじゃないだろうか」


「たった今目立ちたくない、って話をしたばかりなんだけど……というかボク男だし、エントリーすらできないと思うけど」


「実行委員側になればなんとでもなるだろう?」


 ニマニマと楽しそうにしている真宵が、ぐい、と顔を近づけてくる。


「ちょ、真宵、近いって──」


 ──ぱしゃり。


「いやぁ、眼福眼福。一フレームにド美麗フェイスが二つも写り込むと、やっぱり映えますなぁ。背景も、窓から見える夏空にカーテンがなびいて、いい感じに青春。エモい! これはいいお値段が付きそうですなぁ」


「……え?」


「む」


 突然のシャッター音とまくしたてるような早口に、索理と真宵、両方の視線がそちらに向いた。


「あ、失礼、お邪魔しちゃいましたかね。私のことは壁だとでも思っていただいて、どうぞそのまま続けちゃってくださいな」


 そこにいたのは、今の時代ではやや珍しくなったデジタルカメラを首から下げて、やけに口角を緩ませた女の子だった。


 彼女がかけている分厚い眼鏡のフレームに飾り気はなく、そこにかかる前髪と合わせて目元がほとんど隠れてしまっている。伸ばしっぱなしの後ろ髪はおさげにまとめられていて、いかにも自分のルックスには無頓着、といった風貌だった。


 当たり前のように教室に踏み込んでいることから、索理と同じクラスの生徒なのだと予想がつくが──生憎、索理はクラスメイトの大半に興味がない。


「……誰だっけ」


「ありゃ」


 見えない何かに上から殴られたみたいに、眼鏡の女子生徒はおどけて転ぶような仕草を見せる。


「確かに話したことはありませんし、クラスでも目立つ方ではありませんけれども……一応、夕木くんと同じで実行委員に立候補した立場なんですけどね。まさか名前すら覚えられていないとは思いませんで……ごほん」


 妙に芝居がかった口調で話しながら、自ら崩した体勢を立て直して彼女は告げる。


「改めまして、同じクラスの原村寧(はらむら ねい)です。学園祭実行委員として、これからよろしくお願いします、夕木くん」

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