幼馴染と夕木姉妹
「あ。藍ちゃぁん。夏休みぶりぃ」
お母さんが言っていた卓番号で大きく手を振っているのは、しっぽりとした家庭的な雰囲気の店内には見合わないオレンジの髪色をした女性。
サクのお姉さん、鞠理さんだ。
派手なメイクをばっちりと決めて、まるで手あたり次第にトッピングを加えたラーメンみたいに情報量が多い。手の動きに合わせて頭が揺れるたび、耳から垂れる揺れモノのピアスがスイングする。カラフルなネイルにタンクトップ一枚の姿は、ファミリー層が中心の客層からはかなり浮いている。
だがそんなことを気にした様子もなく、鞠理さんはのほほんとした様子で座っていた。
「こんばんは。学校帰りですか?」
「あとバイトね。美容学校って、普段のルックス次第ではナメられることも多くてねぇ。ノーメイクとか逆に目立ちまくるし、毎日気合入れないといけないのよぉ」
「大変ですねぇ」
同調しつつ、手にしたお盆をテーブルに滑らせる。
「ありがとぉ」
「……あーす」
ふと、対面からは予想していなかった声が聞こえてきて、思わず注目してしまう。
てっきり鞠理さんとサクが来たんだと思っていたんだけど、そこにいたのは別の人物だった。
「巡理ちゃん」
名前を呼ぶと、小柄なサクをさらに一回り小さくした、みたいな体躯の少女が小さく会釈をした。
全体的に日本人離れした色彩の薄さをしている。不健康に足を突っ込むどころか胸元まで浸かっているような、幽霊じみた青白さをした血色の悪い肌。骨と皮だけで構成されているみたいな手足。頬も半分こけている極端な痩せ型だ。
何より特徴的なのは、色をつけるのを忘れたみたいに真っ白な髪だ。伸びっぱなしにされた白色は、椅子の座面よりも下にその毛先がある。ぼさぼさだけれどどこかまとまりのある髪質は、定期的な鞠理さんによる手入れの賜物だろう。
いつも半開きのまぶたからは、まつ毛が下向きに延び、その色もまた白。瞳は血を吸ったような赤色をしていて、まさに画竜点睛といった具合に目を引かれる。
巡理ちゃんは、いわゆる色彩欠乏──アルビノだ。
気が抜けるようなかすれ声で挨拶をした彼女は、流し目でこちらを見上げている。
「巡理ちゃん、今日は外、出られたんだ?」
「……割と曇ってたんで」
「そっか! 夏場は日が落ちるのが遅くて大変だよねぇ」
紫外線を防ぐ色素をほとんど持っていない巡理ちゃんが夏の日差しを浴びると、火傷したみたいに皮膚が爛れてしまう。それもあって、天気の悪い日以外はあんまり外に出られない。カーテンを閉め切った部屋で、一人で過ごしていることが多いみたいだ。
「……この前、遊び来てましたよね」
「え? あ、うん」
この前というと、夏休みが始まったあたりの話だろう。
「そういえばあの時は巡理ちゃんのこと見かけなかったっけ。お部屋にいたの?」
「……知らない声が、したんで」
「あー……未有ちゃんだね。最近サクと仲良くって、学校でもよく話してるんだよ。巡理ちゃんも出てくればよかったのに」
「……いえ、大丈夫……す」
歯切れの悪い返事。ちょっと踏み込みすぎてしまったかな。
巡理ちゃんは、体質的にみんなと外遊びができないのもあって、昔からあんまり人付き合いが得意じゃない。ご近所のわたしとは物心ついたころから会っているから、もはや家族みたいな感じでお話できるんだけど。
「そいえば、サクは一緒じゃないんです? いつもは三人で来るか、巡理ちゃんが来られなくて一食分お持ち帰り、ってパターンですけど」
「索理くんなら、今日はお友達のところで済ませるからいいって。学校に行ったきり、今日はまだ帰ってきてないみたいだねぇ」
「む……」
ぴくり、と眉が動いてしまう。きっと未有ちゃんのところだ。未有ちゃんのおうちでメイクのお勉強するのはダメって言ったはずなのに……
サクからすれば、わたしなんかとの約束よりも、少しでも可愛くなることの方が大事なのかもしれない。
そう思い至ってしまうと、どうしてもやりきれない思いが塊になって、それをため息に乗せてしまう。
「どしたの藍ちゃん、索理くんとお話したかった? 昔からラブだもんねぇ」
「……お似合いだと思います、けどね」
「そう言われると照れますけど……正直に言うなら、わたしも中学までは、『サクの隣はわたしで確定!』って思ってました。でも、高校に入ってからライバルが増えちゃって……」
「それって、この前遊びに来てた未有ちゃんって子? 確かに可愛い子だったもんねぇ」
「他にも同じクラスに、頭が良くて運動もできて、生徒会に入ってて顔もかわいくて……っていう子がいて。正直心が折れそうなんですよね……」
言葉にしてみると、ますます自分の勝てる要素がなさ過ぎて不安になってくる。真宵ちゃんだけならまだしも、そこに彗星のごとく割り込んできた未有ちゃん。なぜだか女装に、それも地雷メイクにハマっているサクは今、すっかり心を奪われてしまっている。恋愛感情ではないのかもしれないけれど、わたしとの距離は離れるばかりだ。
夏休みが明けて、またサクにお弁当を食べてもらえる日々が始まったけれど、それも悪い意味で日常化してしまっている、みたいに思うことがある。
「なるほどねぇ……」
わたしの泣き言に、鞠理さんが腕組みをして唸っている。少しして、鞠理さんはぽん、と手を打った。
「そうだ、そろそろ学園祭の時期じゃない? そこで一気に距離を詰める、っていうのはどうかなぁ?」
「学園祭ですか……」
そういえば、夏休みが終わって少しして、そろそろ学園祭の準備が始まるから忙しくなる、と真宵ちゃんが言っていた気がする。
「外部のお客さんも受け入れてるんでしょ? わたしたちが協力すれば、索理くんと二人っきりにしてあげられるかも」
「そんな、悪いですよ。たしか土曜開催ではありますけど、鞠理さんだってバイトとかあるでしょうし……」
「一日くらい休み取るからへーきへーき。巡理ちゃんも大丈夫よねぇ?」
「……曇ってれば、可」
ヒラヒラと手を振る鞠理さんに加えて、巡理ちゃんからも、控えめなサムズアップをもらう。
「でも……」
気持ちはありがたいけれど、そこまでしてわたしの個人的な気持ちに付き合ってもらうのは気が引ける。
それを言葉にしようとした時、二人がそれぞれ、わたしの手をぎゅっと握ってきた。
「気にしないの。なんてったってわたしたち──」
「……めぐりたちは──」
二人は一瞬だけ目配せすると、声を揃えて言った。
「「さくあい推しだからね」ですからね」




