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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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幼馴染の定食屋

 食事処おりべは、夕食怒気ということもあって賑わいを見せていた。


 明るいメープル材のテーブルに、装飾のない四人掛けの椅子。それらが規則的に並ぶ空間を、オレンジ色の温かな照明が照らし出す。床もよくある木材のフローリングで、壁紙にもあえて特徴のない白を選んでいる。カトラリーに関しても、変に背伸びしたものではなく、誰もが気後れせず使えるようなシンプルなものが用意されている。


 わたしの両親によると、内装のイメージは居心地のいい家庭の食卓ということらしい。この頃は高級っぽい素材やアイテムが比較的安価で再現されていて、家族経営の小さな料理店でも十分に手が届くようなのだけれど、コンセプト的にそれらが選択肢に入ることはなかったようだ。


 誰もが居心地よく感じられる、『帰ってきた』と感じられるような場所。住宅街の真ん中という立地的に家族連れが多いけれど、家庭的な温かみを求め、少し足を伸ばしてやってくる一人客も後を絶たない。


「藍ー、アジの開き二枚、グリルに入れといてくれるー?」


 暖簾をめくり上げたお母さんは、厨房に入るなり包丁を手に取った。わたしと同じ割烹着風のエプロンで、長めの髪はお団子にまとめている。


 お母さんは流れるような手つきでネギを刻むと、続いてオクラにも手を伸ばした。

 わたしも冷凍庫から取り出したアジを仲良くグリルに寝かせて、付け合わせの用意にかかる。定食はタイミングが命だ。それぞれの食べ頃な温度を意識すると、自然とゴールは八分後の焼き上がりに設定される。


 冷蔵庫の大きなタッパーから、常備菜としていつも用意しているほうれん草のおひたしを取り出して、上からちぎった海苔を追加。かつお節ではないのがこの店のポイントだ。醤油をかけた時に吸収しすぎず、味が偏りにくいのが主な理由。一緒に口に入れた時に感じられる香りの相性も抜群だ。


 お母さんに並んで忙しく手を動かしつつ、端的に尋ねる。


「常連さん?」


「夕木さんとこの姉妹さんよー」


 どきり。少しだけ心臓が強く鳴ったのが分かった。味噌汁を注ごうとした汁椀を思わず取り落としそうになるのを、すんでのところでこらえる。


 サクはたまに──月に一回か二回くらいの頻度で──うちのお店に来てくれる。普段の夕木家の食事はサクのお母さんが用意しているんだけど、たまに夜まで家を空ける場合があるらしい。うちで食べて行ってくれるのは主にそういう時だから、あまり親御さんと顔を合わせる機会はないんだよね。


「せっかくだから、持ってくついでに挨拶してきていい? どこに座ってる?」


「十二番よー」


「了解っ」


 知り合いだから特にサービス……ということもないのだけど、気持ちの乗り方は変わってくる。


 何かのバラエティで見た気がするけれど、おにぎりひとつとっても、機械が作るよりも人間が握る方がおいしい、ということが証明されているらしい。握り加減、手から伝わる温度や成分など、科学的に分析できるような要素が紹介されていたが、個人的に重要だと思うのはやはり、心の有無だ。料理には作り手の気持ちがこもると思う。


 美味しい、って言ってもらいたい。たくさん食べてもらいたい。そんな気持ちで作った料理が、昨今の機械で大量生産される料理に負けているはずがない。特に食事を作る相手、その個人に照準を合わせたならば、いよいよ負ける要素は皆無になる。作り手ならば誰だって、自然と食べる人の好みに合わせた味付けをするし、見た目や提供する温度にまで気を使うだろう。わたしも例に漏れず、だし巻き卵用の卵液を取り分けて砂糖を混ぜ込みながら、サクの顔を思い浮かべていた。


 中学までのサクに比べて、最近は毒が抜けたように明るくなった。相変わらずクラスでの影は薄い方だし、みんなと分け隔てなく関係を持っているわけではないけれど、それでも昔に比べたら大成長。わたしだけじゃなく、真宵ちゃんや未有ちゃんとも話せるようになった。最近は横野くんとも関わりがあるみたいだ。彼と話す時のサクは、たまに青い顔をしていたりするけれど……多分気のせいだ。横野くんは優しくて気が使える陽気な男子だし。


 半ば無意識に卵液を玉子焼き器に流し込む。砂糖を混ぜたからには、火加減と焦げ付きには十分注意しなくてはならない。分かっているはずなのに、どうしても意識が思考に持っていかれる。


 サクは少しずつ、クラスに馴染めるようになってきている。それは、間違いなくいいことのはずだ。好きな人がクラスで楽しそうにしているのは、単純に嬉しい。


 でもなぜか、そのことを考えるたびに、胸のどこかがちくりと痛む気がする。


 その理由を、わたしはまだ解明できていない。嫉妬にしては小さくて弱い痛みではあるのだけれど、だとしたらいよいよ何が原因なのか分からない。


「藍ー? そろそろ焼けたんじゃない?」


「え? ……あ!」


 すんでのところでグリルを開ける。勢いよく引き出したせいで、綺麗に並べていた形から少しずれてしまったけれど、焼き加減としてはセーフ。程よく色づいたアジの開きからは濃厚な脂が汗のように滴り、香ばしい匂いが漂っている。


 お盆には既に、湯気を上げるご飯と味噌汁、そして各種付け合わせの小鉢が用意されている。まったく記憶にないけれど、だし巻き卵もいつの間にか焼き上がっていて、切り分けて盛るところまで終わっている。主菜を待ちわびるように真ん中の大皿だけが空いていた。


 わたしは菜箸を駆使して慎重にアジを移すと、皿に落ちたコゲを神経質に取り去り、最後に大根おろしを多めに添えた。


「それじゃあ運ぶついでに挨拶してくるね。少し話してきても大丈夫?」


「もちろんよ。注文が増えたら戻ってきてもらうかもしれないけれどね」


「了解。それじゃ、いってきまーす」


 お店でサクの顔が見られる。


 お盆を両手に心を躍らせて、わたしは暖簾をくぐってホールに向かった。

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