女装男子と夏休みの宿題
長いようで短かった夏休みも今日で最終日を迎えることとなった。
時間を気にすることなく朝寝坊したり、未有や藍とうちで遊んだり、真宵と祭りに出かけたり──プールではやや苦い思い出が残ったが──概ね長期休暇を満喫したと言えるだろう。
去年までは、索理が夏休み中に顔を合わせるといえば、家族か藍くらいのものだった。それを考えれば、かなり充実した夏休みだったと言えるのではないだろうか。
もはや思い残すことはない。索理はそんな万感の思いを込めて、小さく呟いた。
「夏休み、楽しかった……なぁ……」
そんなか細い呟きに返ってきたのは──怒号だった。
「こらサク、問題集を前にして現実逃避するなー! そんな調子じゃいつまで経っても終わらないよ!」
「その通りだぞ索理。手を動かさなければいつまで経っても終わりが来ない。それに私たちだけで終わらせても意味がないだろう」
藍と真宵が横から発破をかけるが、その程度で索理のシャーペンが動くことはない。
「……つか、なんで夕木は夏休みの宿題に一つも手つけてねーんだよ。時間はいくらでもあっただろーが」
「だってぇ……」
もごもごと口を動かす索理に、真宵から「口よりも手を動かせ」と叱責が飛ぶ。
時は夏休み最終日の八月三十一日、午後六時。
四人は索理がまるまる残していた夏休みの宿題を、総出かつ急ピッチで処理していた。
範囲指定された問題集に分厚いプリント冊子、読書感想文というオンパレードぶりで、索理がそれら全てを終わらせないままに新学期を迎えようとしていたことが発覚したのが、つい数時間前のことだ。
藍の呼びかけで予定外に集まることとなった四人は、夕木家のダイニングテーブルを貸し切り、会話もそこそこに各々に振り分けた課題をこなしている。
「というかあれだけ遊んでたのに、逆にボクより忙しいはずのみんなが終わらせてるのが不思議すぎるよ……藍はお店の手伝いに、真宵も部活でしょ? 黒河さんも配信活動とかしてたんだろうし」
「言っておくけど、一切手を付けてないサクのほうが確定でヤバいんだからね? 普通は合間を縫って少しずつ進めるものだよ」
「私も同じだな。特に読書感想文などは一番手がかかる。読んでから内容を咀嚼して、自分の言葉として書き出す必要があるからな。課題図書には早めに目を通しておくべきだ」
「ちなみにあたしは夏休みが始まる前にあらかた終わらせた」
「ありえない……黒河さんも一つも手つけてなくてボクと一緒にテヘペロしてる側じゃん! ビジュ的に!」
「夕木はあたしのことをなんだと思ってんだ? 今すぐこの原稿用紙ビリビリに破ってやろうか?」
真宵が言うところの『一番の面倒』を押し付けられた未有が原稿用紙を持ち上げるが、索理は疲れた笑顔と死んだ目をするだけで、止めに入ろうとはしない。
「あー……むしろ思い切ってやってもらった方がいいかも……不可抗力でできませんでしたーって言い訳できるし。そうだ、いいこと思いついた。他のも全部シュレッダーしちゃお」
「いいわけあるか。夕木の成績と授業態度的に、ちゃんと提出しないと後からもっと面倒なことになるだろーが」
「その時はその時ってことで。どんなに怒られたって、面倒なものは面倒なんだからさぁ」
「その場合も居残りでやらされるのがオチだろーけどな」
未有がふん、と鼻で笑う。
「つか、この手法って普通に字体とか筆圧でバレんじゃねーか? 夕木の字とか全く意識せずに進めてるが」
「まぁ、その辺りはこの際仕方ないだろう。索理も字は綺麗な方だし、目立ちすぎるということはないはずだ」
「へー、勉強しねーくせに字だけは綺麗なのか……」
未有は索理の手元をチラリと覗き込み、小さめの文字が並んでいるのを目にして首を傾げた。
「なんつーか……綺麗っつーか、ほぼ女みてーな丸文字だな。知らなかったら初見で男の字とは気づかねーレベルで。そいつも女装の一環なのか?」
「字には人柄が出る、っていうしね。頑張って矯正したんだ」
「夕木は相変わらず、よくわからん方向に努力することにかけては天才だな……」
「えへへ、そんなに褒めなくても」
頬を綻ばせる索理に、藍が目つきを鋭くして人差し指を突きつけた。
「こらそこ、そろそろ黙って進める! もうそろそろ日が暮れちゃうんだよ! 未有ちゃんも邪魔しない!」
「ちぇー」
「なんであたしまで怒られんだ……」
不満そうにしながらも渋々宿題に向き合うことを選んだ二人に、藍は母親じみたため息をついた。
「もう、しょうがないなぁ。わたし、ちょっと一旦家に帰るね」
「えー? ボクらに文句言っといて自分はサボるって、ちょっとひどくないかな?」
「未有ちゃんはともかく、サクは自分の宿題なんだから文句言えないでしょ!」
まったくもう、と藍は立ち上がり、困り眉で腰に手を当てた。
「みんなそろそろ集中力切れてきてるみたいだし、おなかが空いてくる時間帯だからさ、ご飯でも作って持ってこようと思って」
「もうそんな時間か。夢中でやっていると時間を忘れるものだな」
会話に混ざりながらも手元から目線を外していなかった真宵が、ペンを置いて大きく伸びをした。
「進捗は六割、といったところか。この調子ならあと二時間くらいで片が付くだろう。藍の言う通り、ごはん休憩を挟む余裕くらいはありそうだ」
「だね。みんなで手軽に食べられそうなおにぎりでいいかな?」
「お米よりも甘みが欲しい……」
「大して頭使ってないんだから、サクはわたしが戻って来るまでちゃんと宿題進めとくこと。二人とも、万が一サクが寝てたら叩き起こしてね?」
「あー任せろ、あたしたちに大半押し付けといて自分だけ寝るなんて許すわけねーだろ」
「というか索理、さっきから手が止まっていると思ったら、一問も進んでいないじゃないか。休み前のテストのときに勉強した範囲だろう」
「そんな昔のこと覚えてないよぅ……」
机の上で潰れる索理に、三つの呆れた視線が向けられる。
今年の夏休みは、もう少しだけ長引きそうだった。
これにて二章夏休み編は終了です!
シリアスになりすぎないようにするつもりが、かなり踏み込んでしまいました。
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また、三章の学園祭編が少々複雑で書かなければならないことがたくさんあるので、整理も兼ねて毎日投稿に少しお休みをいただくつもりです。六月の頭から再開する予定ですので、少々お待ちください。
なお、今のところ全然ラブできていないのですが、次章でついに告白シーンが出てくる予定です。誰が誰に告白するのか、楽しみにしていてください!




