地雷とイケメンと嫌われる理由
ナンパというにはあまりに強引だった一件を最後に、あたしたちはプールを後にすることに決めた。
塩素で軋む髪に苛立ちを覚えつつ、日が傾き始めた空の下を一団になって歩く。
夕木がすっかり意気消沈してしまったことも帰宅のきっかけではあるが、トドメは織部の「おなかすいた!」という一声だった。思えば昼も抜きにして遊び倒していたので、いつもよく食べる彼女にとっては無理からぬことかもしれない。
そんな織部は、伊澄と一緒になって夕木の左右を固め、まるで要人でも護送するみたいに付き添っている。夕木の反応が薄いのをいいことに、両腕に身体を絡めるようにしていた。遠慮というものがない。歩きにくくないのだろうか?
横野以下、あたしたちを助けてくれた男子たちも心配して夕木に声をかけていたが、当の夕木は猛獣にでも出くわしたかのようにビクビクとしていて、まともに話にもなっていなかった。
そんなわけで帰路の隊列は、あたしと男子グループが前、そこに夕木護送組が少し遅れてついてきている、という形に落ち着いていた。
「……なぁ横野」
あえて小さく呟き、歩幅を広くしてわざと一歩ぶん前に出る。それに横野は敏感に反応すると、歩く速度を早めて坂本や西岡と距離をとり、数歩の間に追いついてきた。
「内緒話かな?」
「……いや、まず察しが良すぎて怖いわ。まだ名前呼んだだけだぞ」
「そんな顔をしていたからね」
なんのことはない、と目を細めてみせる。その仕草には相変わらず嫌味もなにもない。余計な言葉が不要だっただけで、意図はちゃんと伝わっていた。
とはいえ、言葉にしなくてはならない思いもある。横野の澄んだ目に横目で視線を合わせた。
「まずは、助かった。お前が来てくれなかったらあたしも夕木と同じ目に遭ってたかもしれねー」
「いやいや。むしろ遅れてしまって申し訳ないね。あんなことになる前に助けに入るべきだったし、そもそも夕木くんから目を離すべきじゃなかった」
「お前をサーフィンの列に残して、勝手にどっかいったのは夕木だって織部から聞いた。あいつの自己責任だろ」
実際、夕木が混浴温泉に現れずとも、あたしはあのナンパ野郎共の目に留まっていただろうし、二人がかりで抑え込まれて無理やり……みたいな展開になっていてもおかしくなかった。人身御供じみていたとはいえ、あたし自身は夕木がいてくれたことで助かったという面もある。
「まあそれはいい。本筋は、なんで横野は助けに入ったのに、あんなに夕木に嫌われてんのか、っつー話だ。一体何をやらかしたらあんなことになる?」
「そこは俺のほうが知りたいくらいだね。夕木くんは『真逆の価値観』だとか言っていたけど、正直まったく心当たりがなくて困っていたところだ。仲良くしたいとは思っているんだけれど」
真逆の価値観。言われてみれば確かにそうだ。
夕木にとって周りの人間とは、必ずしも関わりを持つことをよしとするわけじゃない。不要なら今までの関係をなかったことにできるくらいには、あいつは自分という主体を第一に考える。
平たく言えばエゴイストだ。
対して、横野はどんな相手ともある程度距離を詰めようとする。彼にとって『相手の様子を伺う』ことは、『まずは話しかけてみる』から始まる。あたしも入学当初は何度か、人当たりのいい笑顔を浮かべる横野から話しかけられたことがあった。スマホに集中して一切の反応を見せずにいたら、そのうち寄って来なくなったが。
初めは質の悪いナンパかと思ったが、数か月もの間クラスの様子を一歩引いたところからうかがっていればわかる。彼は純粋に、誰とでも仲良くしたいという子供じみた考えを実現しようとしているだけだ。
……なんだ? 一見、今の二人の関係をはっきり示しているようで、どこかに違和感がある。この妙な感覚の正体は──
「──なぁ、お前って夕木にも、あたしと同じみたいに話しかけてんだよな? 入学した頃からずっとあんな調子なのか?」
「そうだね。最初に話しかけた時から夕木くんの態度は今と大して変わらない。まともに取り合ってもらえなかった記憶があるよ」
「いや、それはおかしい」
「え?」
あたしが断言すると、横野はわずかに目を見開いた。
「俺がいきなり迫っていったのがおかしい、って言いたいのかな。申し訳ないけれど、これは性分みたいなもので──」
「いや、お前の性格はこの際どうでもいい。おかしいのは夕木の反応だ」
「というと?」
横野が興味津々といった様子で距離を詰めてくるが、少し待って欲しい。あたしの中でも、まだしっかりと理屈が組み上がっているわけじゃない。
「あたしが感じた違和感の話だけをすると……夕木と横野は入学の日、初対面だった。つまり関係値はゼロだ。良くも悪くも」
「少なくともその時点ではマイナスじゃなかった、ということかな」
横野はやはり話の意図を汲むのが上手い。視線だけで肯定して、話を続ける。
「夕木の場合、相手を嫌いになるにしても、元になる理由や要素があるはずだ。相手のことを何も知らないのに、いきなり邪険にするのはあいつらしくない」
それを裏付けるのは伊澄の存在だ。伊澄と夕木は高校に入ってからの仲だということだった。夕木は不要と判断するや容赦なく切り捨てる冷酷さはあれど、あたしみたいに初めから全方位に対して距離を取っているわけじゃない。
「つまり、初対面の時点でお前を嫌う何かしらの要素があったわけだ。原因と結果があべこべになってる。夕木がお前を嫌っているのは、お前が寄ってくるのが気に食わないからじゃない。お前と関わりたくないから、それを嫌いっつー言葉と態度で表現しているだけだ」
「ふむ……」
横野が考え込むように、影が長く伸びた足元を見る。
「その原因を取り除くことができれば、夕木くんの俺に対する態度が変わる可能性はある、ということかな」
「原因が分かって、それをお前が取り除くことができれば、の話だがなー」
「……確かに、原因が何かはわからないままか」
結局は夕木の内心を暴く必要がある。現状どうしようもない問題に直面したことを理解して、横野は肩を落として苦笑いをした。
本当のところを言えば、あたしの中にはひとつ、心当たりがあった。
だがその心当たりは、横野にはまだ伝えられない。はっきりとした確信がないことも理由の一つだが、それだけじゃない。
横野には気の毒な話だが──もしそれが真実だとするならば、こいつがどう足掻こうが関係なく、夕木が横野を好意的に思うことはないからだ。
それにもしかすると、その真実は、あいつが女装している理由にも直結しているかもしれない。
(つか、何を真面目に考え込んでんだあたしは。なんでそこまで面倒見なきゃならねー? 横野と夕木がどういう関係になろうが、あたしには関係ねーだろ)
勝手に情報を分析し、思考を進めてしまう頭を、軽く振って意図的に冷やしにかかる。
あたしのスタンスは変わっちゃいない。夕木たちの三角関係だろうが、クラスだろうが、あたしという存在は揺るがない。
最近は少し、人と過ごす時間が長くなって、それを忘れかけていた。気を引き締め直せ。
あたしは枠外に打たれたひとつのドット。誰とも関わり合いになるつもりはないのだから。




