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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装と地雷とブチギレたイケメン

 珍しく表情を歪ませた奏士は、索理たちの置かれた状況を見るなり、硬く食いしばった歯を隠そうともせずに怒りを露わにした。


 拳を握り締め、肩は怒りに震えている。そのふわふわとしたベージュの髪が今にでも逆立つのではないか、とすら思わせるオーラがあった。


 一歩一歩にも感情が滲んでいる。迷いなく真っすぐに踏み出される足。タイルにうっすらと湯だまりが、静寂の中で妙に印象的に響いた。


 遠慮も気遣いもなく、奏士は激昂した。


「俺の女に手出すとはいい度胸だ……それなりの覚悟があってやってんだよなぁ、ああ!?」


「ぐ──!」


 一見して柔らかい雰囲気を纏う奏士。そんな彼の口から飛び出した予想もつかない剣幕。その温度差に、索理と未有を手籠めにしようと押さえつけている二人がたじろぐ。


 だが、なおも完全には力を失わない彼らの手と眼力。そこに目を付けた奏士は、不意に顎をしゃくった。


「その薄汚ぇ手ぇ離せ。殺されたくないんだったらさっさとしろや、能無しどもが」


「ヒョロガリ風情が……お前、こっちが黙ってりゃ調子に──」


「……よせ」


 食って掛かろうとした金髪の肩に、肉体自慢の男が手を乗せた。


「よく見ろ。あいつの背後」


 仲間に促されて金髪が視線を向ける。


 奏士は一人ではなかった。冷ややかな眼差しをした彼の背後には、二人分の人影がある。少なくともそのうちの一人は鍛え抜かれた肉体を自慢げに晒し、もう一人も好戦的な鋭い視線を向けてきている。


「人数的にも不利だ。おとなしく諦めた方がいい」


「だがよぉ、ナメられたままで引き下がれねぇだろうが。あんなガキ三人、オレらなら余裕でボコれんだろ」


「ボコってるうちにこいつら逃げんだろが」


 ポカリ、と金髪の頭に緩い拳骨が落ちる。


「つか別に、こんなガキみてぇなちんちくりんにこだわる必要はねーだろ。貧相な胸したやつ抱くために裸で殴り合いとか、やる気が出ねぇよ」


 持ち前の肉体を弛緩させた彼に、金髪は歯噛みする。だが見るからに彼よりも強そうな仲間の協力が得られないことを悟ると、舌打ちとともに索理を解放した。


「夕木!」


 支えを失って崩れ落ちる索理を、先んじて自由を取り戻していた未有が抱き留めた。めくり上げられていた水着を元に戻し、彼らに触られていた箇所をひとつひとつ確認する。幸い、手首に赤く痕が残っているだけで、索理の身体に目に見えた負傷はなさそうだった。


 なおも彼らを見下す目線を崩さない奏士。彼らの一挙手一投足、些細な悪事も見逃さないという強い意志が感じられる。


「……どうやら状況を正しく見極めるくらいの脳みそはあったらしいな」


「オイオイ、離してやったんだからゴチャゴチャ言うんじゃねぇよ。単にお前らがムカつくって理由で一発くれてやってもいいんだぞ?」


「よせって言ってんだろ。構ってる時間がもったいねぇよ」


 いきり立つ金髪の頭に再度、拳骨が落ちる。肉体自慢の男はそのまま、索理たちに対して未練もなさそうに背を向け、すたすたと歩き去っていく。


「……そんなに大事な女なら、目ぇ離すんじゃねぇよボケが」


 金髪たちはそんな負け惜しみを残し、なおも鋭く睨みつける奏士の脇をそそくさと抜け、先を行く仲間の後を追った。


「……助かったのか」


 未有は正座を横に崩したようにへたり込んだ体制のまま、自身の手首をぺたぺたと触り、違和感がないことを確認する。続いて、自力では寝そべることすらままならない索理の頭を誘導し、自分の太ももに乗せた。ウィッグ特有のさらりとした髪の感触にくすぐられ、少しだけ現実に戻ってきたような感じがした。


「っ、つか横野、お前いくらなんでもキレすぎだ。あたしたちが解放された時点でもう口出すことなかったろうが。無駄に煽ったせいでちょっと危なかっ──」


 今しがたの奏士の剣幕。その無謀さに思わず口を出しかけたところで、未有は目を剥いた。


 あれだけ怒りをむき出しにしていた奏士は、もうどこにもいなかったからだ。


 ふっ、と表情から力が抜けた。眉が大きく下がり、眉間に寄っていたシワが消え、あれだけのビッグマウスを叩き出した口から一筋の息を吐き──


「ああぁぁぁ怖かったぁぁぁぁぁぁ!」


 ──へなへなとその場で崩れ落ちると、泣き笑いの混じった声を上げたのだった。




「サク!」


「索理!」


 状況が落ち着いたと見るや、身を隠していたらしい藍と真宵が、足元が滑るのも構わずに全速力で駆け寄ってきた。放心状態となっている索理に言葉を投げかけ、いつもの索理を呼び戻そうとしている。


 そんな二人に索理を任せると、未有は半眼で奏士を見やった。


「……つまりあれか。横野のさっきまでのブチギレは単なる演技で、本当は内心ビビりまくりだった、と……」


「恥ずかしいからあんまり言わないで欲しいな。それに上手くいったからいいじゃないか。これでも勇気を振り絞ったんだよ」


 足を投げ出して座り込む奏士は、ガタガタと全身を震わせながら笑って見せた。その態度は、数分前まで感情を前面に押し出していた彼とはまったくの別人だ。


「実際、喧嘩とか殴り合いとか、小さなころから無縁だったからさ。でもこいつらがいてよかったよ。特に坂本。こいつがいるのといないのとじゃ、威圧感が段違いだ」


 奏士は伴っていた二人を労うように横目で見た。そこにいたのは、アメフト部で培った筋肉を擁する坂本と、妙に目つきの悪い西岡だ。二人もまた、台風一過といった様子でほっとした表情を浮かべている。


「まぁ、坂本も俺と同じで人を殴ったことないような優しい奴だし、西岡に至っては眼鏡がなくて目を細めてるだけなんだけど」


「……サーフィンで上手くいかなかったのはそのせいだ」


 西岡は恥ずかしそうに俯き、誰に言い訳するでもなくそう呟く。


 と、そこで索理の呼吸に少しの落ち着きが見られたらしく、ほっとした表情の藍が口を挟んできた。


「にしても、横野くんは迫真の演技だったね。ちょっとでも引いたような姿勢を見せてたら、あの金髪さんの方が殴りかかってきてたと思う」


「まあ黒河さんの言う通り、ちょっとキャラを乗せすぎて、余計なことまで言っちゃったのはよくなかったけどね。……あ、そうだ二人とも、流れとはいえ『俺の女』とか言っちゃってごめんよ。他意はないからあまり気にしないでほしい」


 有耶無耶にしてもよさそうな細かな言い回しを、自ら取り上げて謝罪する。


 その姿は、いつもの冷静で優しげな奏士以外の何物でもなかった。

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