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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装男子と競泳プール

 奏士が索理の行き先として予測しそうな場所──その予想を裏切ることができる場所を探して、索理は施設内を一人、ふらふらと彷徨っていた。


 木を隠すなら森の中とはよく言ったものだが、あの周囲を見る能力に長けた奏士のことだ。多少の人混みなどものともせず、索理を見つけ出してもおかしくない。


 ウォータースライダーや流れるプールといった、索理が一度訪れていることを奏士も知っている場所を真っ先に考えたが、索理はそれよりも最適な場所に心当たりがあった。


 やってきたのは屋内プールだった。戻ってすぐに目に入ってくる浅いプールは、公園にあるアスレチックのような遊具と組み合わせられている。明らかに小さな子供を対象とした設備だ。


 索理はそれらを横目に素通りし、その脇でやや薄暗い照明に照らされている、きれいな長方形型をしたプールに向かった。


 他のプールがわいわいと遊ぶことを目的としているのに対し、そのプールは明らかに、スイミングを楽しむ人のために用意されていた。


 全長はきっかり二十五メートル、それを縦割りにするようにコースロープが渡されている。それぞれのレーンには思い思いの泳ぎを披露する人影。その多くが、ぴっちりと身体のラインに沿うような水着を身に着けている。彼らはフォームを確かめるようにゆったりと泳いでみたり、大きく水を掴むように力強く泳いでみたり──見ているだけで、ここにいるのは泳ぐことに慣れている人たちばかりであることがわかる。


 ちょうど端のレーンが空いていたので、索理はプールサイドに腰を下ろし、膝から下を投げ出して水につけた。


(ここなら横野くんも気付かないはず……端っこのちょっと暗いところにあるし、ボクがここにいる人たちみたいに泳ぐなんて、予想もしてないだろうし)


 流れるプールでの索理は、水にも浸からずに浮き輪に乗ってぷかぷかと浮かんでいただけだ。彼の思考の穴をつくことができるいい作戦だと、索理は内心ほくそ笑んだ。


「……ん?」


 そんな中、索理の目は、プールの中ほどにある二つのレーンに吸い寄せられた。


 そのレーンの利用者たちは、他に比べて明らかに派手な水しぶきを上げている。二人ともが同じ方向に向かって泳いでおり、まるで競争をしているかのように見えた。


 やがて二つの水しぶきはほぼ同時にプールの端へと到達し、泳ぎ切った二人が水面から顔を出した。


 そのうちの一人は真宵だった。肩を繰り返し上下させながらも、彼女の顔には笑みが浮かんでいる。


 見知った顔を見つけ、索理は彼女の元に駆け寄った。真宵はというと、そんな索理には気づいた様子もなく、レーンを区切るコースロープに腕を回し、隣のレーンにいる男に声をかけていた。


「はぁ、はぁ……なかなかやるじゃないか。まさかここまでついて来られるとは思っていなかった」


「ぐぬ……あと一歩届かなかったか……さすがだ伊澄、この俺の筋肉をもってしても一歩及ばないとはな!」


 真宵としのぎを削っていたのは、寝坊して豪快に謝っていた筋肉質な男子生徒、坂本だった。口惜しそうに表情を崩しながらも、歴戦のアスリートのように真宵の勝利を讃えている。


「しかし、伊澄は水泳教室にでも通っているのか? ずいぶん効率的な泳ぎをしているように見えたが」


「小学生の頃に通わされていたよ。泳げるのと泳げないのでは将来水害にでもあった時の生存率に関わってくる、とかなんとか、親に理由を押し付けられてな」


「だが、その努力によって勝利を掴んだというわけだな。運動が得意なことは知っていたが、まさか負けるとは思っていなかったぞ。よもや俺の鍛え抜いた筋肉が敗れるとはな」


「泳ぎの速さは筋肉量だけでは決まらない、ということだな。無論、力が強い方が有利ではあるが、水の抵抗まで考慮に入れるとかえって邪魔になる場合もある。実際、坂本は私よりも力強く泳いでいたが、思うように進まずにやきもきしていたのではないか?」


「伊澄の言う通りだ。なるほど、筋肉は多ければいいというものではない、ということか……」


「そんなに真剣に考えることはない。坂本はアメフト部なのだろ? 身体の大きさは重要になってくるはずだし──」


 話の途中、特に理由もなさそうに顔を上げた真宵の瞳に、プールサイドでしゃがみ込んでいる索理の姿が映り込んで、彼女の言葉は途切れた。


「おお、索理じゃないか。体調はもう平気なのか?」


「う、うん、まあね。……それより、真宵は坂本くんと競争してたんだ?」


「ああ、私は普通に泳いでいただけなのだが、彼に目を付けられてしまってな。ハンバーガーの奢りを賭けての三本勝負をしていたところだ」


「さっきのが一本目なのだが、既に勝てる気がしないぞ!」


 セリフとは裏腹に好戦的な笑みを浮かべる坂本。索理は彼と目線を合わせないようにしつつ、「そ、そうなんだー……」と半笑いで流す。


「というか、真宵は賭け事とかしないタイプだと思ってたよ」


「高価でない食事などを公平に賭ける程度ならば、法的にも賭博にはあたらないからな」


「法的とかそういう問題なんだ」


 いたずら好きな部分もそうだが、時々真宵は、索理の中に出来上がった真宵像をブレさせにかかってくることがある。


 そんな真宵は、索理を誘うように水面をぱしゃぱしゃと叩いた。


「索理も泳いでいくか? なんなら今から賭けに参加しても構わないぞ」


「あははー……見てた感じ、勝てる気がしないから遠慮しておく」


「そうか。まぁ、索理には元々恩を返すつもりなのだがな。祭りのときに出してもらった分をまだ返せていない」


「気にしなくていいのに」


「そういうわけにもいくまいよ」


 楽しみにしていてくれ、と真宵は微笑んだ。


 話しているうち、真宵と坂本の息は落ち着いていたらしい。ぱしっ、と坂本が手を叩く音がプール内にこだまする。


「さて伊澄、そろそろ二戦目といこうじゃないか。今度はバタフライで挑ませてもらう」


「ほう? 大きく出たな。付け焼刃で余計なことをしない方がいいとは思うが──受けて立とう」


 互いににやりとした笑みを交換して、目線が火花を散らした。


 スポーツをやっている人間同士、負けず嫌いがぶつかり合っている。


 そう気づいた索理は、急に自分がここにいることが場違いであるように感じた。


「……」


 二人が同時に壁を蹴った。またも派手な水しぶきが上がる。


 真宵たちが泳ぎに集中している間に、索理はそそくさとその場を離れた。

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