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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装とイケメンとサーフィンチャレンジ

 しばしの間、流れるプールで漂う時間を堪能──否、耐え抜いた索理は頃合いを見て、水の中でゆったりと足をバタつかせる奏士に対し「次はアレがいい」と声をかけた。


 索理が指で示した方向には、人工で作り出した波に乗ってサーフィンができる、という設備がある。


 とはいえ、さすがに人工の大波を起こしてその中を潜り抜ける、などという大掛かりなものではない。簡易的なサーフィンボードを使って水の流れに乗り、できるだけ長い時間落ちないようにバランスを保つ、といったコンセプトのようだった。


 索理が指さしたのはちょうど、その水流に見知らぬ男性が挑みかかろうかというタイミングだった。男性は意気揚々とボードに足を乗せたが、水流のスピードは彼の予想を超えていたようだった。彼は数秒と持たずに体勢を崩し、ボードもろとも後方に押し流されていった。


 その一部始終を索理と一緒に眺めていた奏士は泳ぐのをやめると、「あれは難しそうだなぁ」と珍しく困り顔をした。


「夕木くんはサーフィン、得意なのかい?」


「全然。やったこともないし。ボクは見てるから横野くんが挑戦してよ」


「はは……参ったな。俺も経験がないんだけど……」


 ぽりぽりと頭に手を回す仕草を見て、重苦しい感情が渦巻いていた索理の心は少しだけ軽くなった。


「まぁ、ひとまず行くだけ行ってみようか。ここやウォータースライダーほどではないけれど、あれもなかなかに人気のアトラクションのようだし」


「そうしよ。サーフィンしに行く、って言ってた人たちもいたし、もしかしたら一緒に来た人たちも見つけられるかもしれない」


 とにかく、奏士と二人きりのこの状況が一番最悪だ。向かう先で見つかるのが藍や真宵、未有でなくとも構わない。奏士に話しかけてくる相手が増えれば、必然的に索理への注目は逸れる。


 プールから上がり、浮き輪を返しに向かう奏士。その背中を睨みつけながら、索理はこみ上げる嫌悪感を黙らせるべく、手のひらに爪を食い込ませた。




「あ、サクだ!」


 サーフィン設備に近付いていくと、小さなころから聞き慣れている藍の声がした。


 藍は荒波に挑む行列に並んでいるわけではなく、その設備をぐるりと取り囲む太めの柵に手をかけて、もう片方の手を頭の上でぶんぶんと振っている。


「サクたちもサーフィンやるの? ちょうどもう少しで西岡くんの番なんだよ。一緒に見て行かない?」


「西岡が?」


 俄然興味を示した奏士が、藍のそばに小走りで向かう。


(誰だよ、西岡くんって……)


 二人の言い草からしてクラスメイトなのだろうが、索理には聞き覚えも心当たりもなかった。後からゆっくりついて行こうとした索理だが、いつの間にか奏士に手を取られていた。


「ほら、夕木くんも」


「っ」


 抗えないほどではないけれど、それでもしっかりと手を握られ、そのまま引かれる。同じく走り出さざるを得なくなった索理は、奏士が前を向いているのをいいことに、不快感を隠さずに顔に出した。


 やがてサーフィンのスタート位置に、同年代くらいの男子が現れた。


「西岡くんだ!」


 藍の声が聞こえたのか、彼はこちらに軽く手を振って応え、すぐに表情を引き締めた。ボードを脇に持って、足首くらいの高さの波をかき分け、少しずつ前に進んでいく。


 その所作を眺めていた奏士が呟いた。


「なんだか緊張しているように見えるね」


「そりゃあそうだよ。並んでいる間も、前の人のチャレンジしている様子が見えるんだもん。半分くらいの人は五秒も持たずに流されちゃうんだよね」


「なるほど、女の子の前でダサいところは見せられない、ってわけだ」


 二人が話している間に、西岡は慎重にボードを寝かせて片足を乗せる。バランスを取りやすい瞬間を探っているのだろうが、人工的に作り出しているとはいえ、水の流れは完全な規則性を持っているわけではない。ボードの先端は絶えず暴れ続ける。


「よっ!」


 こちらに届くほどの一声と共に、西岡は波に乗った。


 初めのうちは重心を落とすために姿勢を低くし、ボードが煽られないように注意を払う。安定しているように見えるが、大きく広げた両手を絶えず上下に揺らしていることから、彼がギリギリのところでバランスを維持していることが分かる。


 藍曰くひとつのラインである五秒が経過した。コツを掴んだのか、かなり深く曲げていた膝と腰を少しずつ伸ばし、その立ち姿が索理のイメージの中にいるサーファーと重なり、思わず声を漏らしそうになったその矢先──一際強い波が彼を襲った。


 安定していた姿勢から一転、西岡は大きくのけ反った。辛うじてボードから足が離れることはなかったが、バランスを取り戻そうと無理に身体を捻った結果、今度は前につんのめる。完全に体勢を崩された彼は、あえなく急流に流されていった。


「おー! すごいすごい!」


 十秒にも満たない波との戦いだったが、藍はお情けではない本気の賞賛と拍手を彼に送っている。索理たちと同じく観戦している周囲からも、まばらではあるが感嘆の声が上がっていた。挑んだ人の半数が五秒を耐えきれないとなれば、彼が耐えてみせた秒数は十分、上位層と呼んでも差し支えのないレベルなのだろう。


 隣では奏士が、挑戦者を寄せ付けない流れをじっくりと観察しながら腕組をしていた。


「ふむふむ、最初の体勢がカギだね……あの姿勢を維持していれば安定しそうではあるけれども……重心さえ維持できれば、身体を起こしても何とかなるのかな」


「なになに、もしかして横野くんも挑戦する感じ?」


「夕木くんにせがまれてしまってね」


 苦笑いでひらひらと手を振りながら、奏士は行列の最後尾に向かっていった。


 紛れもなく事実ではあるのだが、索理としては心外だった。間違っても索理は、彼がかっこよく波に乗る姿を見たかったわけではない。


 彼の姿が人混みに紛れるが早いか、索理は奏士とは逆方向に歩き始めた。


「あれ? サクは横野くんのサーフィン見て行かないの?」


「あー……ちょっとトイレ行ってくるだけだよ」


「そっか。さっきも調子悪そうにしてたもんね。お腹は大丈夫そう?」


「多分ね」


 藍に適当な答えを返しつつ、索理は足早にサーフィン施設を離れる。


 頭の中では案内図を思い浮かべて、奏士が現れなさそうな場所をじっくりと選定し続けていた。

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