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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装とイケメンと流れるプール

 索理が渋い顔を隠そうともせずに更衣室から戻れば、さっきまでのわいわいとした一団はどこへやら、見知った人間は奏士を残して他にはいなくなっていた。


 まばらだった客も徐々に数が戻りつつある。とはいえ、それが原因で知り合いを見逃しているというわけでもなさそうだ。


 仕方なく、人当たりのよさそうな笑みを絶やさない奏士に目を向ける。


 改めて見てみれば、彼は非の打ちどころのない立ち姿をしている。


 自然なウェーブを描くベージュの髪はセットしていなくとも乱れていないし、女子も顔負けのツヤを持った肌は今にも輝きだしそうだ。屈託のない紫紺の瞳に照明が映り込んでキラキラと輝く。


 彼が着ているグレーのラッシュガードはいつの間にか、泳ぐ気満々、とでもいうように前が開いていた。ほどよく筋肉のついた胸板と腹をはじめとした、均整のとれた体が見え隠れしている。僅かに顔を覗かせる鎖骨には、同性である索理すらも魅了するような、言いようのない美しさがあった。


 そんな上半身のみならず、トランクスタイプの水着から覗くすらりとした脚にも、肌のくすみもムダ毛の一本も見当たらない。奏士の性質を体現したような出で立ちだ。正直、女子からの人気が高いのも分からなくはない。


 だが、彼の性質を表しているとなれば当然、索理にとってはタチの悪い嫌味のようにしか感じられない。


 胸の奥がふつふつと煮え立ちながらも、どこかひんやりと冷めている。そんな二律背反を飲み下しながら、索理は奏士から目を逸らしつつ小さく言った。


「……他のみんなは?」


「多分、先に遊びに行っちゃったんじゃないかな? いくつかのグループに分かれて、それぞれが行きたいところに向かったみたいだよ」


「そっか」


「俺たちもそうしようか。俺はどこでもいいから、夕木くんがやりたいことをしよう」


 正直に言うのなら、さっさと奏士から離れてしまいたい。けれどもそんなことができるのなら、今頃索理はトイレから直行で帰宅している。


 ならばせめて、誰か他の知り合いがいる場所がいい。


 藍たちに限らず、奏士の連れの男子でも誰でもいい。誰かしら見つけられれば、彼の注目は多少なりともそちらに向くだろう。二人きりで遊ぶことになるよりもよっぽど気楽だ。


 記憶を探り、話題に上がっていた場所と目の前の案内図とを照らし合わせる。

「……じゃあ、あそこで」


 索理が指し示すと、奏士は「オーケー」と快諾した。



 

 二人は施設の屋外スペースにやってきた。目の前には外縁をぐるりと囲むような形で配置されたプール。作り出された水流に乗って川下りのような体験ができたり、浮き輪に乗ってぷかぷかと漂う癒しを味わうことができる、いわゆる流れるプールというやつだ。


 藍たちが話し合っていた様子から、流れるプールで遊びたいという人が多いように感じた。それが理由で索理はここを選んだのだが、様々な設備があるこのプールにおいてもウォータースライダーに次ぐレベルの人気を誇っているようで、水面は無数の浮き輪とそれに乗る人で埋め尽くされている。


 それに『流れる』というだけあって、ベルトコンベアに乗せられるが如く、プールに入っている人々は絶えず移動している。この中から知り合いを見つけ出すのは不可能に近い。


 早くも自分の選択が失敗であったことを悟り、索理はげんなりと肩を落とした。

「あっちで浮き輪が借りられるみたいだね」


 索理とは裏腹に、奏士は俄然乗り気だ。次々と浮き輪に空気を入れている係員から、よくあるドーナツ型の浮き輪を受け取っていた。そのまま人と人の隙間を見つけてプールに飛び込むと、片手で壁を掴んで流れに逆らいつつ、もう片方の手で浮き輪を引きずり込んでポンポンと叩いてみせる。


「夕木くん、こちらにどうぞ? 不安定だからゆっくりね」


「……はぁい」


 言われるがまま、お尻を真ん中の穴にはめ込むように下ろす。索理の姿勢が落ち着いたところで、奏士はプールの壁から手を放した。


 流れに乗ってぷかぷかと水の上を漂う。それ自体は心地のいい体験だった。ほどよく降り注ぐ日差しも相まって、南国にでもやってきたような気分になる。


 彼さえいなければな──などと憂いながらちらりと背後を見ると、当の奏士は浮き輪に手をかけながら、軽いバタ足をして浮き輪を押しているようだった。


「……それ、楽しい?」


「もちろん。水が冷たくて気持ちいいよ。流れるプールは初体験だけれど、少し泳いだだけでぐんぐん進むのが面白いね」


 奏士は日差しに目を細めながら、手を皿のようにして水をすくい、索理に向かって控えめに浴びせてくる。ぱしゃり、という音とともに冷たい感触があり、索理は小さく身を捩った。


「水、苦手だったかい?」


「そういうわけじゃ……ちょっと冷たかっただけ」


「ならよかった」


 許可を得たとばかりに、奏士は二度、三度と水をかけてくる。その度に索理が身体を跳ねさせると、軽快に笑ってみせた。


(なにがそんなに楽しいんだろう……)


 心底楽しげな奏士とは裏腹に、索理は彼に隠れて眉をひそめた。


 索理の態度は、自分から見てもお世辞にも社交的とは言えない。最低限の受け答え以外には口を開かず、大して楽しそうにしているわけでもない。


 彼のように周りに気を配る性質の人物が、索理のプールの水よりも冷ややかな態度に気付いていないはずもない。


 それなのに、奏士はその温度差をさして気にした様子もない。まるで同じ楽しみを共有しているとでもいうように、その笑みには一切のよどみがない。


 お人好しもここまでくると、不気味とまで感じられるようなレベルだ。


 彼の気遣いを感じるたび、彼のことが嫌いになっていく。そんな自分の中の矛盾にすら胸を痛めながら、索理は背後で泳ぐ奏士をできるだけ意識の外に追いやるようにつとめた。

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