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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装男子は興味を持たれない

「さて、そろそろ待ち合わせの時間だろうか」


 壁掛けのデジタル時計を見上げながら呟いて、真宵はふわりと飛んできたビーチボールを、トスするのではなくキャッチした。その両鼻にはまだティッシュが詰まっている。


 昼時ということもあってか、プールサイドはある程度人が引き、ボール遊びができるようなスペースを確保することができた。藍や索理はもっと泳ぎたい、ウォータースライダーをリピートしたいと主張していたが、未有が「水に入るならあたしは付き合えねー」とへそを曲げてしまった。せめて男子たちと合流するまでは一緒に遊ぼう、ということになり、ビーチボールをレンタルすることとなったというわけだ。


「合流するなら更衣室前かな? あそこなら確定で通るよね」


「だな。今の時間帯なら、混みすぎて見つけられねーなんてこともねーだろ」


 頭の後ろで手を組みながら、未有は僅かに目を細め、ちらりと索理の顔色を窺ってくる。


 まもなく奏士を含めた男子グループと顔を合わせることになる。索理がまた拒絶反応を起こすのではないかと気をもんでいるのだ。


(そんなに心配してもらう必要もないんだけどね)


 心配そうな未有に対し、小さく口角を上げて応える。


 そうだ。もとより行動を共にするつもりはない。


 というか、女子とプールに遊びに来る約束をした男子の目的など、生物がオスとメスに分かれた時から決まっている。


 男子の狙いはあくまで未有や藍、真宵だろう。索理から見ても、彼女らのビジュアル面はクラス内でも指折りだ。そんな彼女たちが、普段は秘している柔肌を惜しげもなく晒しているのだ。そんな中に混じっている異物こと女装男子に、しかもクラス内で浮きに浮いている索理に、彼らの矛先が向くことなどまずあり得ない。


 ましてや向こうは思春期男子だ。口にするのもはばかられるような穢れた欲望をその胸の奥に渦巻かせているに違いない。彼らはいつもそれらを発散させる先を探してギラついた目をしている。


 男子と合流したらきっと、索理のことなどあの無責任なボートのごとく放り出して、各々がよろしくやる展開になるに決まっている。


 三人のうら若き乙女たちには尊い犠牲となってもらうことになるが、それも仕方のないことだ。プールで遊ぶ約束をしたのは索理ではないのだし。


 この流れは必然で必定だ。あえて索理の方から回避するまでもない。


 だからこそ、奏士たちと顔を合わせることになると分かっている今も、索理の心はさざ波程度の揺らぎに留まっている。


(そうだ、大丈夫だ。ボクなんかが興味を持たれるわけがない)


 索理は自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返し呟いた。




「遅れて悪かった! 寝坊したのは俺だ!」


 出くわすや否や、小麦色の肌に筋肉質な身体をした男子生徒がガハハ、と笑いながら、逆立つような髪型の頭をかいた。


「坂本、一応ちゃんと謝っときな」


 グレーのラッシュガードに身を包む奏士に促され、坂本と呼ばれた男子はきびきびと腰を折った。


「すまんかった! 楽しみすぎて昨日眠れんかった!」


 直後、彼の背後にいる数人から声が上がる。


「ガキかよ! ママに寝かせてもらえなかったのかぁ?」


「つかお前、俺らにもマトモに謝ってねぇだろうが!」


「っせぇ! お前らも連帯責任ってことで謝っとけ!」


 語調こそ強いが、どこか笑いの混じったぶつかり合いだ。


(仲のいい男子同士って、大体がこういう関係性になるよね。参加も理解もできないけど)


 そして何より、彼らの目線は時々吸い寄せられるように、三人の女子の胸元や臀部に向いている。


 索理は彼らがやかましくどつき合う茶番を、未有たちの後ろからひどく冷めた目で眺めていた。


 盛り上がりが一通り収まってから、藍がはきはきと声を上げた。


「まぁ、済んだことはどうしようもないし。細かいことはいいから遊ぼうよ! ね、横野くん?」


「そうだね。いつまでも坂本いじってても仕方ないし。ところで織部さんたちは何して時間潰してたの? もう一通り遊び倒した?」


「ううん、ウォータースライダーで思いのほか並んじゃったから、他のところはほとんど行けてないんだ。ねぇ、みんなはどこ行きたい?」


 藍の呼びかけで、男子連中がまとめて話題に入ってくる。一緒に流れるプール行こうぜ、誰々とウォータースライダーが滑りたい、オレはサーフィン得意なんだよ見ててくれ。


 真宵や未有もいつの間にか巻き込まれているが、案の定索理が輪に入らなくとも、誰も気に掛けない。


「ふぅ」


 気分はこの世に取り残された幽霊だ。誰も索理に興味など示さない。誰にもバレていない今のうちにこっそりとこの場から逃げ去って、水着のまま入れるという温泉にでもつかっておけばいい。


 ひとかたまりになりつつある集団に対し、後ろ向きに一歩、二歩──その時、誰かが索理の手を取った。


「夕木くん?」


「っ」


 特徴的な柔らかさを持った声は、奏士のものだと振り返らずとも分かった。咄嗟のことに、手を振りほどくという選択肢が出てこない。


「どうしたの? もしかしてお腹でも痛かった?」


「違っ……えと、違くて……」


 おずおずと身体の向きを戻す。他のみんなはどこで遊ぶかに夢中だ。気遣う様子を見せてくれた未有すら、男子からのアタックを鬱陶しそうな顔で払いのけることに躍起になっている。索理を見ているのは奏士だけだ。


「あ……あ……」


 息が詰まる。祭りで真宵とはぐれ、彼と出くわした時の出来事が、急速に記憶の底から浮上してきた。


 忘れていた。いや、あの日のことは意図的に記憶から消そうとしていた。彼の前で醜態を晒し、その背中にまで世話になってしまった祭りの夜。


 そこで、彼は確かに言っていた。たとえ索理に嫌われていようとも、クラスメイトとして仲良くやっていきたいのだと。


 ──そんな彼が、索理のことを見逃してくれるわけがなかったのだ。


 気付いた瞬間、鳥肌が全身を覆い尽くした。胃液の味が、存外骨ばった背中の感触が蘇ってくる。


 奏士と目が合わないように俯きながら、索理は得体の知れない虫でも払うかのように、嫌悪感に任せて彼の腕を振りほどいた。


 彼の反応は見えない。見たくもない。


「……と」


「と?」


「トイレ。お腹冷やしちゃったから」


 索理はそれだけを早口に言い残すと、彼の隣をするりとすり抜け、更衣室へと早足で向かった。

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