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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装男子とウォータースライダー

 索理たちが買ってきたアイスと飲み物を各々が消費し終えても、ウォータースライダーの待機列にはかなりの時間を費やすことになった。この炎天下で推定一時間は肌を晒していたことになる。未有は何度も太陽に対して届かない愚痴を叩き続けていたし、四人の中では一番日差しに慣れているであろう真宵ですら、最後の方はやや気怠そうな表情を浮かべていた。


 ゴムボートのような乗り物に乗せられた前の客が勢いよく滑り降りていって、いよいよ索理たちの番がやってきた。


「お待たせいたしました! 四名様ですね?」


「はい」


「お連れ様がいらっしゃる場合、こちらは二人一組で滑っていただいております。先に滑られるお二人はこちらへどうぞ」


 係員の言葉に、意気揚々と踏み出そうとした索理の足が止まった。


「あ、えっと、二人組ですか?」


「そうなんです。見ての通り混みあっていますので、ご協力をお願いします」


 申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる係員に、索理は背を向ける。


「どうしよっか? ボクは誰とでも──え?」


 索理がくるりと振り返ったその時には、もう藍と真宵が互いに向けて拳を突き出していた。


 殴り合いで決着をつけよう、というわけではなかった。


 二人がしているのは実に平和的なじゃんけんだ。ただし、常識的なスピードではない。勝負が成立しているのかすら、傍から見ている索理には分からない。


 掛け声もなしに次々と繰り出される手はやがて、藍がチョキ、真宵がパーを出したところで動きを止めた。


 敗者は崩れ落ち、勝者がぐっと拳を握る。仁義なき勝負の世界で生きる人間の姿が、そこにはあった。


 索理はその状況を前に圧倒されて言葉を失ってしまったのだが、同じく傍観者だった未有の反応はない。まるで興味もなさそうに、ハーフツインの先をくるくると指で弄んでいる。


「い、いつの間にじゃんけんしようって話になってたの? そんなにやってずっとあいこになってるのも怖いし……」


「え? 五回勝負だったよ? ね、真宵ちゃん?」


「二回しか勝てなかった。文句のつけようもない完敗だ」


「そ、そうなんだ……」


 いつ打ち合わせたのかすら分からないが、この二人は時々、言葉では説明できないような凄まじい行動力を発揮することがある。深くは追及するまいと、索理は考えるのをやめた。


「さぁ、いくよサク!」


「う、うん」


 藍に自然と手を握られ、黄色の平べったいゴムボートに身を預ける。


 内部は二人分のスペースにはっきりと分けられているというわけでもなく、一緒に乗り込んだ藍と身体が触れあう。


 女の子特有の柔らかさと、甘く香って来る匂い。密着する太もも。体温が伝わる二の腕。トドメとばかりに、水着越しにたゆん、と揺れる感触があった。索理は顔を逸らして、その正体に知らないふりをする。


「さ、サク……その、あんまりくっつくと」


「ご、ごめん……」


 身を捩って接触面積を減らそうとするが、互いの肌が濃密にこすれ合うだけに終わった。その度に藍が恥ずかしそうな声を漏らす。


 現状が最善、と早々に決めつけ、索理はそれ以上の抵抗を諦めた。


 心なしか体温が上がり始めている藍から意識を逸らすため、索理は今から滑り降りることになるウォータースライダーのパイプに注目した。


 あんぐりと口を開けた青色のパイプが、索理たちを呑み込まんと待ち受けている。ガイドのように流れ落ちる水流の速度は相当なものに思えた。その水の流れが指し示す先はぐにゃぐにゃと曲がりくねっていて先を見通すことはできず、どういった道筋を辿るのかすぐに分からなくなってしまった。


「というかこのゴムボート、取っ手とか捕まるところとか──」


「あ、もし途中で投げ出されたら、無理に戻ろうとせずにそのまま流されてくださいねー」


「投げ出されるんですか!?」


「ではどうぞー!」


 索理の叫びが聞こえていないとでもいうように、係員が全身を使ってゴムボートを押す。水流に乗り、前進が始まる。


 すぐに速度はぐんぐんと上昇していき、乗船している索理たちの事情などお構いなしに、蛇行に合わせてゴムボートが平衡を失う。


「う、うわあああああ⁉」


「きゃあああああああ‼」


 ジェットコースターでもここまではやらないだろう、という容赦のないカーブ。コースがパイプ型というだけあって、どれだけ勢いがついてもコースアウトという概念はない。それを逆手に取るように、ゴムボートは右へ左へ、限界ギリギリの急旋回を繰り返す。


 その度、藍の柔肌が何度も押し付けられては離れる──のだが、その感触の心地よさを脳内で処理している暇も余裕もない。次にどっちにどれだけ曲がるのか、それだけが索理の思考を支配している。


 そんな興奮とも恐怖ともとれない感情をゴムボートの動きと共に揺さぶられながら、どれくらい滑り降りただろうか。


 それは突然のことだった。


 ぐるり、と。


 あまりの急カーブに耐えきれず、ゴムボートの底面が一瞬、パイプの天井を擦った──


「ちょ……!」


 ──索理たちはゴムボートから宙に投げ出された。心臓が浮くみたいな浮遊感と、胸を刺すような冷たさ。勢いに乗っているはずなのに、何故だか世界がスローモーションに見えた。


 隣を見れば、藍も同じように宙を飛んでいた。が、その目はぎゅっと閉じられている。このままでは落下の拍子に、どこか危ない箇所を打ってもおかしくない。


(藍──!)


 直感して、反射的に腕を伸ばし、藍の身体を抱き寄せる。幸いにして彼女はすぐ近くにいて、難なく腕の中に抱え込むことに成功。


 そこから索理自身の身体を捻って、背中からパイプを流れる水流に着地。相応の衝撃に、押しつぶされた肺から強制的に息が排出される。


 そこが最大の山場だったのか、徐々に速度は落ち着きを見せ、ようやく索理の心にも冷静さが戻り始めた。


 ボートから落ちたことも功を奏し、足の裏などを使ってブレーキをかけることが可能になった。


 索理たちはそのままの体勢で、無人で転覆しているゴムボートを追いかけるようにして、残りのコースを滑り降りていった。

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