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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装男子と長蛇の列

 施設内が簡略化されているマップは、遠くからでも確認できるよう、大きめの文字とピクトグラムが使われている。できるだけ多くの人が利用しやすい仕組みだ。さすがに新設とあって、細かい部分が行き届いている。


 ダウンしていた藍と真宵が冷静さを取り戻して、四人はそのマップを遠巻きに眺めながら話し合っていた。


「どこから回ろっか? ボク的には、ウォータースライダーは最低でも三周くらいしておきたいな」


「そうなると、まずは屋外に出ないとね。きっとたくさん並んでるだろうし、早めに行かないと」


「そうだな。ほら、さらっと別行動しようと黒河も行くぞ。せっかくみんなで来たのだから、はじめくらいは一緒に遊ぶべきだ」


「屋外は日に焼けるだろうが……はいはいわーったよ、行けばいいんだろ」


 約一名は背中を押されて渋々といった様子ではあったが、四人は一路、ウォータースライダーを目指して歩き出すこととなった。


 プールサイドでは、各々が自由な方向に向かっていたり、ビーチボールで遊んでいたりして、油断すると接触事故を起こしてしまいそうだった。流れるプールもかくや、といった人波を縫うように進みながら、先頭を行く藍がちらりと振り返った。


「そういえば、横野くんたちも来てるはずだよね。この人だかりだと会うのも一苦労だけど、どこで落ち合う予定なんだっけ?」


「あいつらなら確か、来るのは午後からになった、とか言ってなかったか? 車に相乗りしてくるつもりが、寝坊しやがったやつのせいで遅れるだのって話だったろ」


「約束があるのに寝坊するなんて、まったくなってないね」


 鼻息を鳴らす索理に、未有が呆れた目でツッコミを入れる。


「まったくその通りだが、夕木、お前だけはそれ言える側じゃねーだろ……」


「そりゃあ、確かにうちで遊んだときは盛大に寝坊したけどさ。あれはうちに集まる予定だったから油断しちゃっただけで、みんなで遊びに行くなら話は別だよ。迷惑かけることになっちゃうわけだし」


「授業中もその精神で意識を保ってくれればいいのだがな」


「授業でボクが寝てても、ボク以外は困らないでしょ。いびきをかいてるわけでもなし」


「サクはたまに寝言が出てるけどね」


「ほんとに⁉ 恥ずかしっ」


 ところどころに設置された案内板に従って進んでいくと、やがて看板を持った係員の姿が見えてきた。みんなが水着姿の中、炎天下でラッシュガードを着ている係員が少し憐れに思える。


 彼が持つ看板には、遠目からも『ウォータースライダー最後尾』と赤い太字で書かれているのが分かる。その先には大型遊園地で稀に見るような長蛇の列が続いていた。どうやらあまりの人気に、列の整理が必要になっているらしい。


「む、思ったよりも長丁場になりそうだ。これを三周するのはなかなか骨が折れそうだな……どうする?」


 軽く背伸びをして列の具合を眺めていた真宵が、主に索理に向けて視線を飛ばしてくる。


「どうする、って言われても、ひとまずは並ぶしかないよね。一回も滑らないで帰るのは、ボク的に絶対ナシ」


「だねぇ。とは言っても、ただ待ってるだけって言うのも……あ!」


 驚きと嬉しさの混ざった声。きょろきょろと辺りを見回していた藍が、笑顔で明後日の方向を指差していた。


「あっちに売店があるみたいだよ。アイスとかドリンクとか、いろいろ売ってるみたい」


「おお、ちょうどいい。黒河が暑さで干からびそうになっていたところだ」


「誰がそう簡単に干からびるかっての。だがまぁ、スイーツだってんなら見逃すわけにはいかねーな」


 降り注ぐ直射日光にややぐったりとした様子を見せながらも、未有の目はギラついていた。


「それじゃ、先に並んでおく組と買い出し組に分かれよっか。メニュー詳しく見たいし、ボクは買い出し組で」


「じゃああたしも」


 甘味につられた二人が真っ先に手を挙げる。自然と並び組に決まった二人からはトロピカルジュースのリクエストを賜って、索理と未有は売店のカウンターに向かった。


 ピンクをベースにしたファンシーな色合いの売店は、ウォータースライダーほどではないにせよ、それなりに混みあっている。カウンターを中心に放射状に出来上がった人だかりの一番後ろで、索理は足を止めた。


「さーて、ボクは何にしよっかなぁ。とりあえずアイスはダブルにするとして、フレーバーは──」


「なぁ、夕木」


 大きな文字で書かれたメニュー表を眺める索理に対し、未有は場違いに真剣な声で尋ねる。


 思わずきょとんとした索理の目を、未有は正面から見つめた。


「本当によかったのか? 今日、横野たちも来るんだろ」


「元からそういう約束だったじゃない。それがどうかした?」


「とぼけてんじゃねーよ。バレてないとでも思ってんのか。夏休み前、やたらあいつにビビってたろお前。さっきだって、遅刻してくるって話になった途端、ちょっとテンションが上がってた」


「……やっぱり、黒河さんってちゃんと見てるよね。そういうとこ」


「んなこたどうでもいい。なんで無理すんだよ、お前らしくもねー。一緒に行きたくないならそう言えばよかっただろうが」


 索理は深く息を吸い、むき出しの肩を一度ぐっと上げてから、吐息と共に脱力する。


 その瞳は、夏の空気を冷やすほどに冷たい。


「そういうわけにもいかないよ。ボクには彼を拒絶する理由がないからね」


「……どういう意味だ?」


「そのままの意味」


「いや、だから、拒絶する理由がないなら、お前の夏休み前の怖がり方に説明がつかないだろって」


「そんなことはないよ。嫌いなのと拒絶するのはイコールじゃない」


「はぁ……?」


 冷たく言い放たれる索理の言葉。その意味するところが分からず、未有の眉が片方だけ下がる。


「まぁ、その辺はいいじゃない。せっかく楽しむために来たのに、つまんない話ばかりしてても仕方がないよ──あ、店員さん、トロピカルジュースが二つと、ボクはアイスのトリプルで──」


 ちょうどそこで、索理たちにオーダーの順番が回ってきた。その声に、さっきまでの氷のような凍てつきは感じられない。


「……」


 体よく逃げられてしまったことに歯噛みして、未有は半ば上の空のままで注文を終えた。

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