女装男子と長蛇の列
施設内が簡略化されているマップは、遠くからでも確認できるよう、大きめの文字とピクトグラムが使われている。できるだけ多くの人が利用しやすい仕組みだ。さすがに新設とあって、細かい部分が行き届いている。
ダウンしていた藍と真宵が冷静さを取り戻して、四人はそのマップを遠巻きに眺めながら話し合っていた。
「どこから回ろっか? ボク的には、ウォータースライダーは最低でも三周くらいしておきたいな」
「そうなると、まずは屋外に出ないとね。きっとたくさん並んでるだろうし、早めに行かないと」
「そうだな。ほら、さらっと別行動しようと黒河も行くぞ。せっかくみんなで来たのだから、はじめくらいは一緒に遊ぶべきだ」
「屋外は日に焼けるだろうが……はいはいわーったよ、行けばいいんだろ」
約一名は背中を押されて渋々といった様子ではあったが、四人は一路、ウォータースライダーを目指して歩き出すこととなった。
プールサイドでは、各々が自由な方向に向かっていたり、ビーチボールで遊んでいたりして、油断すると接触事故を起こしてしまいそうだった。流れるプールもかくや、といった人波を縫うように進みながら、先頭を行く藍がちらりと振り返った。
「そういえば、横野くんたちも来てるはずだよね。この人だかりだと会うのも一苦労だけど、どこで落ち合う予定なんだっけ?」
「あいつらなら確か、来るのは午後からになった、とか言ってなかったか? 車に相乗りしてくるつもりが、寝坊しやがったやつのせいで遅れるだのって話だったろ」
「約束があるのに寝坊するなんて、まったくなってないね」
鼻息を鳴らす索理に、未有が呆れた目でツッコミを入れる。
「まったくその通りだが、夕木、お前だけはそれ言える側じゃねーだろ……」
「そりゃあ、確かにうちで遊んだときは盛大に寝坊したけどさ。あれはうちに集まる予定だったから油断しちゃっただけで、みんなで遊びに行くなら話は別だよ。迷惑かけることになっちゃうわけだし」
「授業中もその精神で意識を保ってくれればいいのだがな」
「授業でボクが寝てても、ボク以外は困らないでしょ。いびきをかいてるわけでもなし」
「サクはたまに寝言が出てるけどね」
「ほんとに⁉ 恥ずかしっ」
ところどころに設置された案内板に従って進んでいくと、やがて看板を持った係員の姿が見えてきた。みんなが水着姿の中、炎天下でラッシュガードを着ている係員が少し憐れに思える。
彼が持つ看板には、遠目からも『ウォータースライダー最後尾』と赤い太字で書かれているのが分かる。その先には大型遊園地で稀に見るような長蛇の列が続いていた。どうやらあまりの人気に、列の整理が必要になっているらしい。
「む、思ったよりも長丁場になりそうだ。これを三周するのはなかなか骨が折れそうだな……どうする?」
軽く背伸びをして列の具合を眺めていた真宵が、主に索理に向けて視線を飛ばしてくる。
「どうする、って言われても、ひとまずは並ぶしかないよね。一回も滑らないで帰るのは、ボク的に絶対ナシ」
「だねぇ。とは言っても、ただ待ってるだけって言うのも……あ!」
驚きと嬉しさの混ざった声。きょろきょろと辺りを見回していた藍が、笑顔で明後日の方向を指差していた。
「あっちに売店があるみたいだよ。アイスとかドリンクとか、いろいろ売ってるみたい」
「おお、ちょうどいい。黒河が暑さで干からびそうになっていたところだ」
「誰がそう簡単に干からびるかっての。だがまぁ、スイーツだってんなら見逃すわけにはいかねーな」
降り注ぐ直射日光にややぐったりとした様子を見せながらも、未有の目はギラついていた。
「それじゃ、先に並んでおく組と買い出し組に分かれよっか。メニュー詳しく見たいし、ボクは買い出し組で」
「じゃああたしも」
甘味につられた二人が真っ先に手を挙げる。自然と並び組に決まった二人からはトロピカルジュースのリクエストを賜って、索理と未有は売店のカウンターに向かった。
ピンクをベースにしたファンシーな色合いの売店は、ウォータースライダーほどではないにせよ、それなりに混みあっている。カウンターを中心に放射状に出来上がった人だかりの一番後ろで、索理は足を止めた。
「さーて、ボクは何にしよっかなぁ。とりあえずアイスはダブルにするとして、フレーバーは──」
「なぁ、夕木」
大きな文字で書かれたメニュー表を眺める索理に対し、未有は場違いに真剣な声で尋ねる。
思わずきょとんとした索理の目を、未有は正面から見つめた。
「本当によかったのか? 今日、横野たちも来るんだろ」
「元からそういう約束だったじゃない。それがどうかした?」
「とぼけてんじゃねーよ。バレてないとでも思ってんのか。夏休み前、やたらあいつにビビってたろお前。さっきだって、遅刻してくるって話になった途端、ちょっとテンションが上がってた」
「……やっぱり、黒河さんってちゃんと見てるよね。そういうとこ」
「んなこたどうでもいい。なんで無理すんだよ、お前らしくもねー。一緒に行きたくないならそう言えばよかっただろうが」
索理は深く息を吸い、むき出しの肩を一度ぐっと上げてから、吐息と共に脱力する。
その瞳は、夏の空気を冷やすほどに冷たい。
「そういうわけにもいかないよ。ボクには彼を拒絶する理由がないからね」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味」
「いや、だから、拒絶する理由がないなら、お前の夏休み前の怖がり方に説明がつかないだろって」
「そんなことはないよ。嫌いなのと拒絶するのはイコールじゃない」
「はぁ……?」
冷たく言い放たれる索理の言葉。その意味するところが分からず、未有の眉が片方だけ下がる。
「まぁ、その辺はいいじゃない。せっかく楽しむために来たのに、つまんない話ばかりしてても仕方がないよ──あ、店員さん、トロピカルジュースが二つと、ボクはアイスのトリプルで──」
ちょうどそこで、索理たちにオーダーの順番が回ってきた。その声に、さっきまでの氷のような凍てつきは感じられない。
「……」
体よく逃げられてしまったことに歯噛みして、未有は半ば上の空のままで注文を終えた。




