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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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52/65

女装男子の水着は

「そういえば夕木は、どっちの水着で来るつもりなんだろうな?」


 未有がふと思いついたという様子で呟いた。


「どういう意味だ?」


「そりゃあ、決まってんだろ。いつもの女装なのか、男モノなのかって話だ」


 投げかけられた疑問に対し、言われてみれば、と真宵は首をひねる。


「確かに気になるところだ。だがやはり、普段通り女性用を選んでいるのではないか? 祭りの時の浴衣もそうだった」


 その台詞に反応し、即座に未有が眉をひくつかせる。


「あ? 祭りはお前と夕木が急に体調崩したってんで、予定崩れて無しになったはずじゃなかったか?」


「あ、ああ、そう、そういえばそうだったな。祭りを逃したことが余りに悔しくて、寝込んでいる間にそんな夢を見たのだった」


 真宵は慌ててきょろきょろと辺りを見回す。だが、まだ索理が現れる様子はない。


 逃げ道を作るように、真宵は藍の後ろに回り込んで、肩口から顔を覗き込んだ。


「そ、そういえば、藍は索理と幼馴染なのだろ。前に一緒に、こういった場所に遊びに来たことはないのか?」


「うーん……サクが女装始めたのって高校に入る直前だし、それより前のことはあんまり参考にならないかも。それより前は普通の男の子だったわけだしね」


「つーことは、昔の夕木は普通に男物の水着を着てた時代もあった、ってことか。逆に想像つかねーのが怖いな……」


「私も同感だ。思えば、索理がウィッグを外したところも見たことがない。すっかりあの桃色の髪がトレードマークみたいになってしまっているが、もしかすると地毛は別の色なのか?」


「あ、それは知ってるよ。昔は地毛のままのサクを見てたわけだし。サクの地毛はねぇ──」


 藍が言いかけたところで、それを遮るような声がプールサイドに響く。


「ごめーん、着替えに手間取っちゃった! よくわかんない箇所が多くてさぁ……」


「こら夕木、プールサイドで走ったらあぶねーだろうが」


 まっすぐに向かってくる姿に対し未有が声を上げるが、索理は結局駆け足の速度を落とさないまま、三人の元に近付いてきた。


「ごめんごめん、まさか水着でこんなに苦戦するとは思わなくて。こんなことなら、妹に手伝ってもらって予行演習しておくべきだったよ……」


 そうぼやく索理が着ている水着には、男性用ならば必要のない上半身を覆う水色の布がある。


 オフショルダーと呼ばれる、鎖骨までもが露わになった大胆なスタイルだ。だがそれが逆に、索理のやや男性的な骨格をすっきりと見せる役割を果たしている。胸元に存在しえない膨らみを誤魔化すように、二重の大きなフリルが揺れていた。


 下はすらりと伸びた脚を強調するミニスカートのようになっていて、上半身と装いを揃えるように、大胆なフリルに覆われていた。


 髪やメイクはいつも通り。完全に女装スタイルの索理だ。


 そんな姿を見て、藍は手を後ろで組みながら口を尖らせた。


「今日のサクもそっちなんだ……」


「まぁね。あんまり似合ってない?」


「もちろん確定で似合ってるけど、なんというか、昔は男の子モードで遊んでたのを思い出してたから、ちょっと違和感」


「そういえば、小さい頃にも一緒にプール来たことあったっけ。鞠理ねーちゃんも一緒だった気がする。でも確かにその頃は女装してなかったもんね」


「それにさ……」


 藍は索理の身体を上から下まで一通り眺めてから、最後に自分の身体を見下ろして、露骨なため息をつく。


「男の子にそのスタイルを見せつけられると、さすがに女の子として傷つくというか、プライドがズタズタにされた気分というか」


「そお? 藍の水着も可愛いと思うけど」


「問題はそこじゃないんだよ……はぁ、昨日の夕ご飯、もう少し減らしておけばよかったかなぁ」


 お腹をぷにぷにと摘まみながら、藍は風船の空気を抜くみたいに小さくなっていった。


 入れ替わるようにして、今度は真宵が索理の前に立った。


「その水着も妹さんに選んでもらったのか?」


「まぁね。まさかオフショルだとは思わなかったから、肩紐が見つからなくて本当に困ってたんだよ。あまりにも分からなさすぎて電話で直接訊いたから、それで遅くなったんだ」


「だが、索理は男子更衣室で着替えたのだろ? 女性用を身に着けていたら、変な目で見られてしまいそうだ」


「その辺は大丈夫、トイレの個室を使ったから。……あ、でもロッカーに忘れ物しちゃって、その時ちょっとだけ上裸のまま出ちゃった」


「なっ」


 真宵が索理の胸元を凝視する。


「そ、それはあまり健全とは言えないのではないか……?」


「えー? 大丈夫じゃない? ボク、女装してるけど普通に男だし」


 索理がぺろり、と上の水着をめくり上げる。


「は?」


 その瞬間、真宵の鼻から赤いものが垂れ落ち、彼女はばたり、とその場に倒れた。


「ま、真宵!?」


「も、問題ない……少し放っておいてもらえないか……」


 床に這いつくばりながらも、真宵は自力で壁際に寄っていき、寄りかかって身体を落ち着けている。


「なにやってんだあいつらは……」


 泳ぐ前から戦線離脱状態の二人を、呆れた目で見つめているのは未有だ。


「あ、その水着。ちゃんと着てきてくれたんだ。というか本当に水着だったんだね」


「まだ言うか」


 未有が身に着けているのは、索理が家に訪れた際に鉢合わせ、あわや下着かと勘違いしかけたあの水着だ。索理はその時のことを思い出し、照れくさくなって頭の後ろをかいた。


 やはりじっとりとした半眼で、未有は腕を組む。


「お前が着てこいってうるさかったから仕方なく着てきてやったんだろうが。つか、ネットに上げるのはダメで公共プールに着てくるのは推奨してくるって、お前の中の価値観は相変わらずどうなってんだ」


「インターネットは怖いんだよ。変な写真を一回でも投稿したが最後、一生晒し者にされる可能性もあるんだからね」


「ここではいいってのか?」


「ここはスマホも持ち込めないし、プールではみんな水着が当たり前だからね」


 それにしても、と、索理は改めて未有の水着に目をやった。


「あの時はよく見てなかったけど、その水着も地雷系仕様だったんだ。めちゃかわじゃん!」


「いーだろ? 実はこれもメーカーとのタイアップでさ──」


 図らずしてノックアウトしてしまった二人が起き上がって来るまで、索理たちはしばしの地雷談議に花を咲かせていた。

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