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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装男子とイケメン対応

 奏士の対応は迅速かつ的確だった。


 撤収間際だった出店のどこからか新聞紙と大きめのビニール袋、さらにはゴム手袋を調達してくると、嫌がる素振り一つ見せず、吐瀉物の処理を始めた。


 索理のそばには、いつの間にか水のペットボトルが用意されていた。それを使って口をゆすぐと、少しは気分が楽になった。


 みるみるうちに、そこには初めから何もなかったかのように、元通りの芝生だけが残った。


「ごめんね」


 処理に使った物品をゴミ捨て場に捨てて戻ってきた奏士は、どういう理屈か、いきなりそう謝罪した。


「……何が?」


「いや、だって夕木くん、具合悪かったんでしょ? 俺が変に動かしたりしなきゃ、こんなことになってなかったかもしれない」


 本気で申し訳なさそうに、奏士は伏し目がちになって真剣に話してくる。


 汚物をぶちまけ、それを処理させてしまったのは索理のほうだ。謝るべき立場が逆転してしまっている。


 体内で渦巻く気持ち悪さが消え去ったわけではないが、その大半は既に排出された。索理はようやく、奏士に対して初めて、まともに言葉を呟いた。


「ボクの方、こそ……いきなりだったのに、その、片付けてもらっちゃって……」


「ああ、気にしなくていいよ。いつも親父のをあんな風に片付けてるから、もう慣れちゃってる」


「なるほど、どおりで……っげほ、ごほっ」


 慣れた手つきだったわけだ、と続けようとして、代わりに胃液に焼かれた喉から咳が飛び出した。すぐさま大きな手が背中に添えられ、上下にゆっくりとさすられる。


「やっぱりまだ、調子が悪そうだ」


「大丈夫……」


「そんな様子を見てて、放っていけるわけないでしょ」


 奏士は優しげに微笑むと、見えない何かを抱えるように、両腕をゆったりと前に出してみせた。


「おんぶとお姫様抱っこ、どっちがお好みかな?」




 一歩ごとにふわりふわりと上下する髪束から、さっぱりとしたシャンプーの香りがして、失敗した、と索理は歯噛みした。


 抱きかかえられて奏士の顔を見続けなければならないよりはマシだ、という判断のもとに背負われることを選んだのだが、実際は彼の顔との距離をむしろ縮めることになってしまった。一度吐き出して落ち着いていなければ、彼の服を胃液で台無しにしていたかもしれない。


 片足だけに残った下駄が、鼻緒を支点にプラプラと揺れる。


 奏士は細身ながら、索理を背に乗せて歩いていても、息の一つも切らさなかった。


「もっとしっかり体重を預けてくれた方が歩きやすいかな」


「……うん」


 顔を背けようと離していた身体を仕方なく、彼の背に押し付ける。服越しの体温が伝わる。鼻に届くシャンプーの匂いが濃くなった。


「夕木くんは軽いね。俺も重い方じゃないけど、同じ男とは思えないくらいだ」


「……いけない?」


「そんなことはないけど、ちゃんと食べてるのかなって。触れていいのか分かんないけど、女装のために体型維持してるとか?」


「そういうわけじゃ……」


 索理の素っ気ない返答にも、奏士はめげずに続ける。


「そういえば、織部さんから聞いたことがあるよ。夕木くんは甘いモノ全般が好きだから、お弁当にいつもデザート入れてくるんだ、って」


「……藍と話すんだ」


「クラスメイトだし、たまにね。伊澄さんにも勉強教えてもらったりするし。黒河さんには声をかける前から拒絶されてる気がして、まだ話せてないんだけど」


 知らず知らずのうち、奏士は索理の周囲を観察していたようだった。次々と仲良くしている人間の名前が挙がる。


 そういえば夏休み前も、話したこともない自分の名前をいきなり呼ばれたっけ、と、索理は思い出した。


 索理や未有は特に、クラスでも関わる相手の少ない、浮いている側の人間だ。陽キャ男子の中でも一軍筆頭、女子からの人気も高い奏士が、そんなクラスの日陰みたいな部分まで見ていたとは思っていなかった。


「夕木くんとも、いつか話してみたいと思っていたんだ。こんなところで出会うとは思っていなかったけどね」


「……ボクは別に」


「いきなり随分嫌われてるみたいだ。知らないうちに俺、夕木くんに何かしちゃってたかな」


「そういうわけじゃないけど」


 索理は素っ気ない態度を改める気もなく、あくまで短い返答に留める。


(嘘はついてない。横野くんに何かされたわけじゃない。彼だけが特別嫌いなわけじゃない)


 言い訳を自分自身に言い聞かせるように、索理は心の中で呟きを繰り返す。


 奏士は黙り込む索理に対し、視線は前に向けたままで苦笑した。


「参ったな。これでも人当たりがいい方だと自覚していたんだけど、どこで夕木くんの地雷を踏んじゃったのか、全然思いつかない」


「だから、そういうのじゃないんだって」


「じゃあ、何が気に食わないのか教えてくれるかい? 俺に対応できる範囲なら、直せるように努力するよ」


「……無理だよ。絶対に直せない」


「絶対、とまで言い切られると、ますます気になってしまうな。後学のためにも、ヒントくらいはもらえないかい?」


 やんわりと食い下がる奏士。間にクッションを挟むような言い回しに、索理は逆鱗を撫でられるような不快感を覚えた。


「……逆に聞きたいんだけど、どうしてボクなんかのことを気にするのかな。ボクなんかに嫌われてるくらいじゃ、横野くんみたいな人の学校生活がつまらなくなるなんてことはないでしょ」


「確かにそうかもしれないけれど、仲のいい相手は多いに越したことはないだろう? 高校生活、人生でたった三年間の付き合いかもしれないんだ。一期一会、ってやつだよ」


 一昔前の小学生女子みたいなことを言うな、と、索理は再び湧き上がる嫌悪感に軽くえづいた。


「……本気で言ってるんなら、ボクとは真逆の価値観だね」


「真逆でもいいじゃないか。俺は君のその価値観も知りたいと思っているよ」


「……変なの」


 話しすぎたせいか頭がぼんやりとしてきた索理は、奏士の肩に顎を乗せた。ほんの少しだけ気分が楽になる。それをどう受け取ったのか、奏士は楽しそうに鼻を鳴らした。


 奏士はその後も文句ひとつ言わず、目的地である索理の家が見えてくるまで、ほとんど一人で話し続けていた。

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