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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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48/65

女装男子と打上花火

 身体の芯に響くような音と共に、夜空に満開の花が咲く。

 たった一瞬のその輝きを、索理たちは河川敷に座り、並んで見上げていた。

「……済まなかったな。せっかくの祭りだったのに、あんなことになってしまって。早く帰してしまうべきだった」


「真宵が謝ることじゃないでしょ。そもそもボクがこんな格好してなきゃ、青山さんがあんな風に取り乱すこともなかっただろうし」


「だが、私の知り合いが迷惑をかけてしまったことは事実だ」


 どうフォローしても、真宵の顔は浮かない。


(本当に気にしてないんだけどな……今の真宵には、ボクが何を言っても無駄なのかも)


 律儀で品行方正な真宵のことだ。どう言葉を弄そうとも、いきなり喧嘩別れのようになってしまった灯花のことを、頭から追いやることはできないだろう。


 美しく咲き誇る花火が目の前にあるのに、真宵の心はここにはない。隣にいる真宵が心から楽しめていない。自分のせいで、真宵が『楽しい』の外側に行ってしまう。


 索理はふと、隣に座る真宵の肩に頭を預けた。首筋を薄桃色の髪がくすぐり、ほんの一瞬だけ、真宵の呼吸が乱れる。


「……真宵はさ、いつも考えすぎだよ。それにいらない責任まで背負いすぎ」


「索理……?」


「学校でもそうでしょ? 学級委員に生徒会、次期副部長。それを全部こなしながら成績まで維持してるのに、その上で後輩ちゃんの言動にまで気を遣ってたら、いよいよ真宵が持たないよ。ちょっとくらい気を抜いたっていいじゃない」


 真宵は手の届くものをなんでもかんでも抱え込もうとする節がある。彼女らしいといえばらしいのだが、真宵だって一人の人間だ。全てを一人でこなすには、身体も時間もまったく足りていない。


「真宵はもっと周りに頼ったり、諦めることも覚えた方がいいよ。ボクを見てみなよ、勉強はダメダメ、部活もしてないし、生徒会にも入ってない。クラスに仲良い友達もほとんどいないし、自慢できる特技があるわけでもない。ただ女装してるだけの普通の高校生だけど──でも、気楽だよ?」


「気楽……か」


「うん。だってボクには女装以外に何もないからね。上手くいかなくて当たり前。周りの言動にまで責任なんて持てない。でもさ、それって当たり前のことだと思うよ。真宵と青山さんは別の人間なわけだし、青山さんの言葉には青山さん自身が責任を持つべきでしょ。先輩だとか、そういうのは関係ないと思うな」


 繰り返し花火が上がる空を眺めながら、索理は言葉を紡ぐ。


「真宵は何か一つでも失敗したりすると、すぐそうやって落ち込んじゃうよね。でも本当はそんな風にふさぎ込む必要ないんだよ。だって真宵には、他にもいろんないいところがあるんだから。全部を完璧になんて誰にもできないんだしさ」


「だが、例えば今日、藍や黒河が一緒だったとしたら、きっと灯花の琴線に触れることはなかっただろう」


「え? そうかなぁ、結局はボクがいたから関係ないんじゃ」


「いいや。灯花の目線では、私が男と二人きりでデートしている、というように見えていたのだろう。自分の知らないところで、私がそういった関係を持っていたことが、灯花には堪えてしまった。あの子は中学の頃から、私のこととなると周りが見えなくなることがあった」


「うわぁ、なんとなくイメージ湧くかも」


「だろう? 特に印象的だった出来事がある。部活の大会に出場していた時のことだ」


 花火の音にかき消されてしまいそうな声で、真宵は語った。


「テニスにはもちろん審判がいるのだが、地区大会レベルとなると、ちゃんとした資格を持っている審判が足りず、試合に負けた選手が務めることも少なくない。大きな大会で使われるようなホークアイ設備もない。当然ミスジャッジは発生するし、多くの場合は試合をしている選手同士のセルフジャッジに委ねられる場合が多い。テニスは紳士のスポーツと呼ばれていることもあり、誠実な態度が求められることになるのだが……」


 真宵がそこまで話した時点で、索理はなんとなく、何が起こったのか分かるような気がした。


「確か、県大会出場がかかった個人戦だった。実力は五分。私が打ったショットがライン際に落ち、相手はそれをアウトだと主張した。特に重要なポイントというわけでもなかった。私は気持ちを切り替えて、次のサーブをどこに打ち込み、どう組み立てるかに神経を注いでいた──その時、コーチング席から声が上がった」


 テニスではコーチ役として、ベンチに一人入ることが許されている。本来は顧問が務めることが多いが、その時は灯花が務めていたのだろう。


「灯花はボールがライン上に落ちたと主張した。確かに微妙な判定ではあった。私に少しでも肩入れしている人間が見たら、あれはインだと考えてもおかしくなかった。──だが、そう主張したこと自体がよくなかった」


「というと?」


「テニスは紳士のスポーツと呼ばれていると共に、もう一つの異名がある。孤独のスポーツだ。ゲーム間を除いて、試合中におけるコーチ席からのアドバイスや抗議は禁止されている。ゲーム中は拍手すら咎められる、そんな厳しいスポーツなんだ。抗議をするのなら、せめてそのゲームが終わるまで待つべきだった。灯花もそれを知っていたはずだが、思わず口をついて出てきてしまったのだろうな」


「……それって、反則扱いになるってことだよね」


「一度なら口頭注意程度で済んだのだろうな。だが灯花はその場での訂正を求め続けた。その声がプレーを止め、大会運営側の審判によって退場させられていった。結果、私はコーチのいない状態で試合に臨むこととなり──県大会への切符を逃した」


 真宵の言葉からは、怒りや苛立ちは感じられなかった。もう飲み下した出来事だと、ただ思い出を懐かしむような、優しげな口調だ。


「私は、灯花のせいだとは考えていない。コーチングの有無はあれど、それが結果に直結したとは思わない。イレギュラーによって集中が途切れたのは相手も同じ条件だった。過去の対戦成績的にも、どちらが勝ちあがっても不思議ではなかった。だがあの子は、私が試合をしているよりも長い間、審判団に対して抗議を続けていたそうだよ」


「青山さんは、それくらい真宵のことが大好きなんだね」


「真っすぐすぎることは否めないがな。ともかく、昔からああいうところがある子なんだ。彼女の正義感の根幹にいるのが私となれば、その私が、あの子だけが悪いと言い切ることもできまいよ」


「そうかもしれない……でも、ボクだって納得するわけにはいかないな」


 頭を真宵の肩に載せたまま、索理は上目遣いで真宵を見た。


「だってボクにとっても、真宵は大切だから」


「っ」


 この間はカラオケで、彼女との縁を切るようなことを言った。だがそれは、索理の地雷メイクを否定しようとしたからで。


 そうでなければ真宵は索理にとって、数少ない友人なのだ。


 ちょうどその時、夜空には赤色をした大輪が咲いていた。


 真宵の頬が赤く見えたのは、きっとそのせいだ。

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